研究講座

誰にでも取り組める「明快総義歯作り」B

東京都世田谷区開業  松下 寛

実践的な総義歯の咬合採得の考えとその術式(その1) 

1)咬合採得の重要性について

総義歯を手がけ始めたころは、印象採得が非常に難しいと感じがちなものです。咬合採得は「何となく咬ませれば良い」などと片つけて、あまり重視しない傾向があります。でも、本当は咬合採得の方が難しく、ずっと重要なのです。印象が多少甘くても、咬合採得がしっかりしていれば何とか義歯は使えます。しかし、その逆はありません。咬合採得が不備な義歯はまったく使い物になりません。

極論を言えば、印象は5分で済ませることも可能です。でも咬合採得は最低でも2030分は欲しい所です。今回はその手順と考え方を述べていきます。

 

2)使用する器材

特別な器材は使用しませんが以下のものを用意しておくと良いでしょう。

咬合平面板(図1

 

 

 

 

 

 

咬合平面ガイドスパチュラ(図2

自作上顎前歯部排列ガイド(図3

アルーワックス(図4

テキスト ボックス: ノギス(一般に市販されているもので十分)
前歯部排列ガイドの作製方法については拙著文献を参考にしてください
 

 

 

3)咬合採得の手順とその基本的な考え方

以下のような手順で咬合採得を行っています。要点をかいつまんでご説明します。

 

@模型上での咬合採得のためのメルクマール確認

床縁外形設定の際のメルクマールに加えて、以下のように基準点を設けます。上顎模型では正中線、切歯乳頭を確認し、マークします(図5)。

図5テキスト ボックス: 上顎模型にメルクマールを記入

 

顎は臼後結節の半分から3分の2の 位置(外型線のスタート地点と一致)をマークします(図6)。

図6

テキスト ボックス: 下顎模型にメルクマールを記入

 

 

A咬合床の点検と修正

 設定した外形が咬合床に正しく反映しているか、咬合床の内面の適合は妥当か、ろう提の高さや厚みは適切かどうかをチェックします(図7、8)。

図7

テキスト ボックス: 外型線を必ず再度チェックする

  

 

 

 

 


 

図8

テキスト ボックス: ろう提の厚み、高さをチェックする。下顎はアルーワックス

  

 

 

 

 


 

 

B上顎の咬合平面の決定

 咬合平面板、咬合平面ガイドスパチュラを使用して基本通りに、前歯部の上口唇ラインとの一致、カンペル平面との一致を目指して決定します(図9、10)。

図9

テキスト ボックス: 上口唇の高さを参考に前歯部のラインを決める

   

10

テキスト ボックス: カンペル平面とほぼ平行に臼歯部咬合平面を設定する
 

  

 

C上顎前歯の排列位置の決定(前後的、上下的、正中、人工歯サイズと排列アーチの決定)

 自作の前歯部排列ガイドを使用して、日本人の平均的な顔貌の再現に適応する上顎前歯部の排列位置と人工歯のサイズの決定をします(図3、1113)。

11

テキスト ボックス: 排列ガイドを上顎模型の切歯乳頭、正中線を基準に上顎ろう提にあてがい、余分なはみ出しをトリミングする
 

   

12テキスト ボックス: トリミングが終了すると左右対称で、前後的にも顔貌に適応した排列位置が決まる

   

13

テキスト ボックス: 上顎中切歯の切縁の位置は日本人では切歯乳頭中央部から9ミリが妥当
 

  

 

 

 

 


 

 

D妥当な咬合高径の推定

 マックグレンは上下の前歯部の歯肉頬移行部間の距離が平均で38ミリであるという考えを提示しています。(14

14

テキスト ボックス: マックグレンの値の概念図
 

  

筆者は塩田の考えに基づき、 この考えを日本人の骨格に準用して、身長に応じて値を適宜減少させて、咬合高径の設定の基準のひとつとしています(表1)。

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表1 身長に対応した咬合高径の設定基準)

上顎 下顎 合計  対応する身長のおおよその範囲

22  16  38   160センチ以上

21  15  36   150160センチ

20  14  34   140150センチ

19  13  32   とくに顔面形態が小さい場合

                非常に高齢で筋力が低下している場合

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 旧義歯での測定(15)、ろう提での測定(16)、顔貌の確認(17)などを参考に患者さんに適応する値を設定します。迷ったときには心持ち低めの設定が安全策です。

15

テキスト ボックス: 旧義歯での測定
この義歯では約32ミリ

   

16

テキスト ボックス: ろう提での測定
上下それぞれ、あるいは上下合わせて測定する

   

17

テキスト ボックス: 正面観、側面観を観察して無理のない顔貌をチェックすることも重要
 

  

 

E水平的顎位と咬合高径の決定

 あらかじめ温湯に下顎の咬合床を漬けておき、下顎ろう提全体を軟化させます。上下の咬合床を患者さんの口腔内に入れ、患者さん自身に自然に口を閉じてもらいます。このときに無理に下顎を誘導させないことが肝心です。上下のろう提がある程度噛み合わさったらば、口腔外に取り出し、咬合高径を測定してください(18)。大概は若干設定値よりも高いことが通例ですので、下顎の軟化→軽く上下をかみ合わせる→再度咬合高径を測定、のプロセスを繰り返してください。同時に上下の水平的顎位が一定の位置に収まることを確認し、二つの顎間関係を決定してください。

18

テキスト ボックス: 術者が設定した咬合高径になっているかチェック
 

  

F咬合採得の適否の判定

 口腔内で上下の咬合床を設定した高さまで咬合させたらば、口腔外に取り出して咬合採得のチェックを行います。以下のような点をチェックしてください。

模型の上下正中の一致をみる(19

テキスト ボックス: 上下の正中線が合致しているかどうかを確認する
 

  

後ろからみて両側の臼後結節とハムラーノッチが左右対称の位置関係かをみる(20

テキスト ボックス: 後ろからみて左右対称になっているかチェック
 

  

人工歯排列位置の再評価(21

テキスト ボックス: 臼歯部咬合平面が下顎臼後結節の2分の1より下の場合には、技工士に指示して修正してもらう
 

  

 

 

(次回は自然な顎位で咬合してもらう為の勘所を記述します)            

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