研究講座

誰にでも取り組める「明快総義歯作り」C

東京都世田谷区 松下寛

実践的な総義歯の咬合採得の考えとその術式(その2)・・・如何にエラーを回避するか

 咬合採得は一言でいえば「患者さんに噛んで貰って、上下の顎の位置関係を決めるだけ」です。でも、それが案外難しい・・・。咬合床という異物を口の中に入れて、自然な顎位で噛ませるという行為は術者側の相当な配慮が必要です。

 

1)適正な咬合床の作製・・・適正な印象と外型線記入、技工所の力量が鍵

 顎位の自然な誘導のための第一条件は外形が適正で、なおかつ内面の適合も良好な咬合床の作製です。上記の条件を満たした咬合床ならば、患者さんの違和感も少なく、苦労なく自然な顎位で咬合することが可能になります。以下の点を一つ一つ点検してみてください。

@きちんとした印象から起こした模型に外形記入を行う

 これまでの連載で述べてきたように、アルジネート印象でもその扱いがきちんとしていれば、顎堤の形状に沿った印象を採得することは十分に可能です。理想的外形からやや大きめに採れた印象から、筆者がこれまで提示してきた手法で、外型線を印象内面あるいは模型上に記入してから技工所に出してください(図1〜3)。

図1

テキスト ボックス: アルジネート印象材「アルフレックス・デンチャー」で採得した上顎印象
 

 

図2テキスト ボックス: 同じくアルフレックスで採得した下顎印象。上下いずれもメルクマールを含んだ十分に大きな印象となっている
 

図3

テキスト ボックス: 印象から起こした模型に外形を記入し、さらに技工所で再チェックする

 

A技工所の力量を知る・・・これで義歯の仕上がりは半分以上決まる!

 次に、義歯を発注している技工所の力量を再点検してください。義歯に対する技工所の力量の差は、チェアータイム・完成義歯の咬合関係・内面適合度の精度・義歯外形の適否・患者さんの満足度等々に倍以上の開きとなって現れます。

以下の点をチェックしてみましょう。不十分な技工所ならば、再検討をしてみてください。

a.適正な外形の咬合床を作製しているか(図4

 義歯の外形設定について、医院側の設定基準に理解があり、それに沿って咬合床の外形を設定してくれることがポイントです。

図4

テキスト ボックス: 咬合床は設定した外型線に一致させる。咬合床の材料は現状では光重合タイプのものが現状ではもっとも適合性に優れている(上顎の口蓋部の適合性に注目)
 

 

b.内面適合が良くて、ある程度の吸着が期待できる咬合床か(図4

 咬合床の内面と模型の適合性が良好ならば、吸着することが可能となり、さらなる顎位の安定に繋がります。

c.修正の少ない顎堤の形状に沿ったろう提を作製しているか(図5

 生理学的な人工歯の排列位置を、技工士がある程度推測してろう提を作製できるかも重要です。この点がクリアーされていると、口腔内でのろう提の修正が非常に少なくなります。

図5

 

d.部分床義歯の場合には咬合床にクラスプをあらかじめ付与する配慮があるか(図6〜9

 部分床義歯では咬合床の段階でクラスプを付与してもらうと、咬合採得のときに義歯床がずれることが少なく、エラーの回避に非常に有効です。

 もちろんクラスプを抵抗なく鉤歯に適合させる技工士の技量が問われます。

図6

テキスト ボックス: 部分床義歯では、あらかじめ咬合床にクラスプを付与してもらう

図7

テキスト ボックス: 抵抗なくクラスプが鉤歯に適合し、結果咬合床が安定するので咬合採得も容易に行える

図8

テキスト ボックス: 口腔内から取り出して、圧痕がきちんと付いているかどうかを確かめる

図9

テキスト ボックス: 模型に咬合床を戻して口腔内と咬合状態が一致しているかどうかを必ず確かめること

 

2)如何に患者さんに自然に噛ませるか

 咬合採得の極意は「患者さんがリラックスして自然な顎位で噛んでもらうこと」です。意図的に誘導させずとも、ここで述べたことを行えば自然と生理的な顎位で噛むようになるというのが筆者の実感です(付記すれば、今回の記事をすべて実践しても咬合採得がうまくいかない症例こそ難症例と考えて良いでしょう)。

@術者・患者双方のリラックス

 筆者自身の体験でもありますが、経験の浅いときにはいたずらに緊張して患者さんに接することで、患者さんにも緊張が伝染するものです。こうなると自然な顎位で噛んでもらおうにも、偏った噛み方をしてしまうことがあります。こういう状況に陥ったときに、強い調子で「もっと後ろで噛んでください!」などと言えば逆効果でしょう。名人とされる義歯臨床家の現場を見ていると、一様に自分と患者さんのリラックスを心がけていることが分かります。巷の世間話や健康の話題などを交えながら患者さんを安心させつつ、手順を進めていくことが重要です。リラックスした雰囲気の中で、患者さんは自然な顎位で噛み合せてくれるものです。

A「噛んで!」ではなく「軽〜く閉じて」

 「噛んで下さい」と言うと、しばしば患者さんの力が入りすぎて咬合採得の顎位のエラーを起こします。出来るだけ脱力して軽い力で口を閉じてもらうことが大事です。上記のリラックスした雰囲気の中で、ソフトなトーンを心がけながら「軽〜くお口をお閉じください」と指示することです。

Bやや後ろに倒した患者さんの姿勢

 咬合採得を行うときの患者さんの姿勢については、30度程度背板を倒して安頭台に患者さんの頭をつける姿勢が一番無理がないようです(10)。患者さんの頭を安頭台で安定させ、やや後方に寝かせることで前噛みのエラーを出来るだけ回避するのが狙いです。

10

テキスト ボックス: 患者さんの姿勢はやや後ろに倒したくらいが咬合採得の成功率が高い

 

C誘導するならばごく軽く

 筆者は上下の咬合床を噛み合わさせるときには、特に下顎を意図的に後方に押すことはしていません。下顎の咬合床が浮き上がらないように左右の臼歯部に術者の指を軽く押し付けながら、患者さんに「軽く」「閉じて」もらいます(11)。

11

テキスト ボックス: 特別な誘導法は行わず、下顎の咬合床を軽く顎に押し付けるように固定しながら口を閉じてもらう

 

3)患者さんに噛ませたときに如何にろう提のずれがないようにするか

 咬合採得の勘所最後のポイントです。リラックスして患者さんが噛んでくれたとします。ここで上下のろう提が噛み合わさるときにろう提の硬さが不均等であれば、それが顎位のずれを引き起こすことになります。

患者さんが「最小限」の力でかみ合わせたときに、上下のろう提が抵抗なく自然に変形して、自然な顎位を再現した形で嵌合することが最後のポイントとなります。

@下顎臼歯部のろう提が内部まで均等に軟化していること

 ろう提軟化の手法として従来のパラフィンワックスを熱したスパチュラで軟化させる方法は意外と難しく、均等軟化しにくいものです。筆者はアルーワックス(12)を技工所に渡し、下顎のろう提はこのワックスで作製してもらっています。咬合採得時に下顎の咬合床を約45度のお湯に漬けておき、5分程度放置すればろう提の均等軟化が容易に達成できます。

 

12

テキスト ボックス: アルーワックス
金属粉を混ぜてあり均等に軟化が可能なワックス
 

 

13

テキスト ボックス: 45度程度のお湯に漬けておき、5分くらいすると全体が均等に軟化する

 

A臼歯部5、6番相当部のみを噛ませて、他は接触させないこと

 上下のろう提を咬合接触させる部位は全歯列ではなく臼歯部5、6番相当部近傍に限定させてください。それより後方や前方で噛ませる事がエラーに繋がりやすいです。下顎ろう提の前歯部や最後方臼歯部は適宜カットしてください(14)。

 

14

テキスト ボックス: 下顎前歯部のろう提は高さを低くして噛ませないようにする
 

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