研究講座
誰にでも取り組める「明快総義歯作り」A
東京都世田谷区開業 松下 寛
総義歯の外形設定の考えとその実際
総義歯の印象採得・外形設定というと、研究模型から個人トレーを作成して筋形成を行い、そこから精密印象材を用いて機能印象を行えば、理想的な外形が出来る、というのが正統的とされています。この手法は学問的には間違いではないですが、時間も手間もかかり、日常臨床では適応が難しいというのが実情です。筆者はこういった手法をとらないでも、理想に近似した外形設定を、より簡便に行うやり方を実践してきました。
今回はこのうち、特に難しいとされている下顎の総義歯について述べていきます。なお、このやり方は部分床義歯にも応用は十分可能です。
(高価な材料よりも義歯を見る目が大切――義歯のイメージを把握しよう!)
高価な材料や器具を使用してマニュアルどおりに術式を行えば、自動的に理想的な外形が出来るような思いを抱く方もいらっしゃいますが現実は違います。まずは入れ歯の外形のイメージが出来ることが大事です。要するに義歯を見る目の育成なのです。模型を見て、顎堤を見て、印象内面を見て、顎堤を指で触って、そこから完成義歯の形がイメージできることです。イメージができていなければ、幾ら良い材料を使用しても結果は最悪です。逆にイメージができていれば、安価な材料でも一定の結果を出すことは十分可能です。一般的には「低級」とされているアルジネート印象が、むしろ良い結果を生む背景にはそんな理由があるのです。図1は教科書的に提示した外形設定の基準です。これをさらにイメージ的に分かりやすくしたのが図2です。人の足を二つ並べた形が当たらずとも遠からずといったところでしょうか。図3の実際の下顎総義歯外形と見比べてみてください。
図1
図2
図3
(まずは三大メルクマールを押さえよう)
きちんと採得された下顎の印象内面、あるいはそこから起こした模型上からは、外形設定の基準となるいくつかの解剖学的な基準点や線が読み取れます。このうち重要なもの三つについて、筆者は「三大メルクマール」と名づけています。このメルクマールをたどることで、外形設定は比較的容易に行えます。ですから逆にこの三つの基準が出ているか否かで、その模型が義歯作製に堪えるものであるかを判定することにもなります。(図4)
図4
@臼後結節(レトロモラーパッドRMP)
A外斜線
B顎舌骨筋線
C咬筋の盛り上がり(咬筋切痕)
D頬小帯
Eオトガイ筋の付着部
F舌小帯
G歯部の歯槽頂
(外形設定の実際の手順)
石膏模型上で外形設定を記入するのがもっともトレーニングしやすいです。慣れれば、印象内面や義歯の内面、さらには顎堤そのものをみて同様なイメージトレーニングを行うことが出来ます。これを繰り返し行って模型を見れば完成義歯の形がイメージできれば合格です。
1)頬側の外型線記入
臼後結節3分の2の高さをマークします。ここをスタート地点とします。(図の×印)そこから咬筋の盛り上がりを避ける形で、斜め前方外側45度に外形を引きます。次に外斜線の外側約2ミリに大臼歯部の頬側辺縁を設定します。小臼歯部頬側は頬小帯をさける感じですこし楔状に絞り込みます。下顎前歯部は印象辺縁の最深部から約4ミリ程度内側に設定します。以上で頬側の辺縁外形線が設定できました。(図5、6)
図5
図6
2)舌側の外型線記入
第一大臼歯相当部より近心の舌側床縁の外形については、採得された印象辺縁のもっとも内側に便宜的に設定します(若干短めに設定するということです)。第一大臼歯相当部から後方は、顎舌骨筋線の下方約6ミリ程度に便宜的に設定し、臼後結節3分の2の起点と第一大臼歯部の設定部と移行的に結びます。舌小帯の部分は動きが大きいのでここはすこし短めに設定します(図7〜9)。
図7
図8
図9
このように基準をもとに外型線を設定することで、理想的外形にほぼ近似した外形設定ができます。吸着を厳密に求めるならば、さらに筋形成や咬座印象行えばよいですし、「そこそこ」を狙うのであれば、このまま義歯作製の模型としても(咬合の狂いがなければ)十分機能する義歯になります。
(部分床義歯での外形設定〜総義歯との違いについて)
総義歯の外形設定は、辺縁封鎖のため周囲組織と軽く密着していることが要求事項の一つです。一方部分床義歯では、舌や頬の機能運動時に床縁が当たらないことが第一義的に要求されます。ですから、床縁は部分床義歯では総義歯に比べてやや短めに外型線を設定するのが無難です。とくに顎舌骨筋線の下方の義歯床縁については、顎舌骨筋線の下方3ミリ程度に機械的に設定しても、それほど支障はないようです。(図10、11)
図10
図11
(後で床縁を削ることも現実にはある)
これまで、標準的と考えられる外型線設定のやり方を述べてきましたが、患者さんによってはそういった形を受容できない方もいらっしゃいます。筆者の場合、2週間程度経過して微調整を行っても設定した外形に違和感を訴え続ける場合には、躊躇せずに外形を小さく修正しています。最終的には患者さんの満足のいく義歯の外形が一番というのもひとつの臨床の真実ではないでしょうか。(図12〜14)
図12
図13
図14
連絡先
まつした歯科 松下 寛(ひろし)
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