研究講座

誰にでも取り組める「明快総義歯作り」@

東京都世田谷区開業  松下 寛

 

―筆者の総義歯作製の基本的な考えと術式の流れ・印象採得の勘所について―

はじめに〜筆者の総義歯作製の基本的な考えについて

総義歯、あるいはそれに近い多数歯欠損の義歯、というと何か時代遅れの技術で、現場での需要も少なくなっていると思われるかもしれません。しかし現実には、まだまだ対象となる方も、需要も減っていないというのが筆者の実感です。ところがいざ義歯作製となると、大学教育で受けてきた手法では、経済的・時間的コストの面で大きな制約があるのも事実です。何とかコスト的に臨床の現場で採用でき、しかも結果も妥当な総義歯作製方法がないものか、と筆者はこの10数年模索を続けてきました。今回連載でご紹介する内容は、この模索の現状での到達点と考えてください。

 

1)総義歯(あるいはそれに準じた多数歯欠損義歯)作製の術式の流れと狙い

 極力省力化を図りながら、臨床的に許容できる結果が得られることを念頭においてシステムを構築してきました。術式の流れとしては以下のようになります。

@診査、診断

A印象採得と外形設定

B咬合採得

C咬座印象(矢崎の変法)

D義歯のセットと咬合調整

大きな特徴としては以下の点があげられます。

・印象採得においては筋形成を行わない(既成トレーでアルジネート印象を行い、模型上で外型線設定を行います)

・咬合採得は一定の数値的基準を設けて行っています

・下顎の総義歯については吸着を求める場合には試適の段階で咬座印象を行っています

・義歯装着後の咬合調整を重視し、その手法をわかりやすく組み立てました

 

2)義歯印象について〜既成トレー・アルジネート印象でも機能する義歯は作製可能!

 筆者は一定の研鑽を積めば、既製トレーによるアルジネート印象法でも、個人トレーとシリコーン印象材による正統的な印象の手法に、それほど遜色のない結果を得ることが可能であると考え、それを実践してきました。大事なのは徒に高価な印象材を使用することではなく、「義歯を見る目」を養うことです。これがしっかりとしていれば、安価な材料を使用しても一定の結果を出すことが可能です。以下、今回は既成トレー・アルジネート印象の勘所をご説明していきます

 

@理想外形よりも大きめに印象採得すること

 きちんとした手技でアルジネート印象を行うと、必ず大きめの印象になります。この大きめに採れた印象で模型をおこし、その内側に外形設定をすることがアルジネート印象ではもっとも合理的・効率的なやりかたです(外形設定の手法は次回詳述)。

図1

テキスト ボックス: 無歯顎のアルジネート印象。適切な手法で採得すれば、やや大きく採得されるのが常

  

図2

テキスト ボックス: ここから印象面を読み取って外型線を「小さめに」記入する。これが結果として「適正外形」となる

 

 

A固めの印象材で粘膜を押し広げて骨面の印象採得をする

 筆者の経験上からは、粘膜にある程度圧をかけて、出来るだけ押し拡げるような形で、骨の表面の形態を転写するように印象採得するのが良いようです。印象材の練和に関しては、標準とされる固さよりも、やや固めに練ることがポイントとなります。潟c潟^から発売されている義歯専用印象材「アルフレックスデンチャー」は、義歯印象にほぼ理想とされる固さに調整することが可能となっています。従来難しいとされていた下顎舌側の遠心部の印象も確実に採得できます。お薦めの材料といえるでしょう(図3〜6)。

図3 アルフレックスデンチャー

図4

テキスト ボックス: アルフレックスデンチャーで一発採得した上顎印象例

 

図5

テキスト ボックス: 同症例の下顎印象例。これも一発印象。遠心舌側部も採得できている
 

 

図6テキスト ボックス: 作製した上下総義歯を粘膜面からみたところ。標準的な外形に出来ている

  

Bトレーの選択

 印象がうまく採れるかどうかの8割はトレーの選択にかかっています。筆者は下顎については塩田が開発したヒューマントレーを用いています。このトレーは舌小帯の部分に最大の特長があり、トレーが全体に深く挿入できるように、この部分を短く設定しています(図7)。上顎については有歯顎用のCOE社の14号あるいは13号トレーを使用しています。

図7

テキスト ボックス: 下顎印象用トレーとして推奨できるヒューマントレー。舌小体部のトレーの長さが通常よりも短い。

  

Cトレーの試適、修正方法

 下顎についてはトレーを口腔内に挿入して、患者さんに舌の挙上と軽い前方突出を指示します。そのときの舌の動作が、トレーの舌側マージンに引っ掛かること無く、スムーズに舌が動くかどうかをポイントとしています。(図8

図8

テキスト ボックス: 舌の動きがぎこちないときは、このように術者が面前で実演すると良い

 

 

Dトレーの挿入、圧接の具体的方法

 印象材を盛り付けたトレーの圧接は2段階で行います。下顎の場合にはまず前歯部から圧接し、同時に舌を軽く挙上させて前に軽く出させます。

図9テキスト ボックス: 下顎はまず前歯部を圧接する

 

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テキスト ボックス: その次に舌を軽く突出させながら臼歯部を圧接する
 

 

上顎のトレー圧接の場合には、逆に口蓋部の後縁からトレーを圧接していきます。トレー後縁が口蓋粘膜に近接したらば、今度はトレーを前方に圧接します。

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テキスト ボックス: 上顎は反対に、口蓋部から圧接する。印象材が喉に流れないように注意
 

 

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テキスト ボックス: 次に前歯部を圧接し、トレー周囲に印象材をフローさせる

 

C印象材を揺らしながら圧接する

 印象材を盛ったトレーを顎堤に圧接・定位させるときには、1秒に2〜3回程度の軽い水平往復回転運動を加えながら圧接します。この操作で、印象剤の流れを良くして、辺縁へ均等に印象材をフローさせます。こうすると同時にトレーが顎堤のほぼ真中に自然に定位します。

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テキスト ボックス: 下顎では両手の人差し指を添えて往復回転振動を加えて圧接する
 

 

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テキスト ボックス: 上顎では口蓋中央部に人差し指を添えて、そこを回転中心として振動させながら圧接する
 

 

連絡先

まつした歯科    松下 寛(ひろし)

〒154-0012 東京都世田谷区駒沢3-27-8

電話 04-3411-3131  fax 03-5779-3420

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