研究講座
口腔乾燥症の診断と治療B
第3回:治療と口腔ケア
九州歯科大学教授
生体機能制御学講座・摂食機能リハビリテーション学分野
柿木保明
はじめに
口腔乾燥症を含めた唾液分泌低下症候群の治療とケアは,検査結果や問診結果,臨床診断基準に応じて選択する(表1).とくに,刺激唾液量の検査だけで,安易に口腔乾燥症や唾液分泌低下症を否定しないことが重要である(表2,表3).
表1:口腔乾燥症の臨床診断基準と治療法選択基準
度 |
臨床診断 |
治療法の選択 |
0度 |
:1〜3度の所見がなく,正常範囲と思われる |
原則として治療の必要はない |
1度 |
:唾液の粘性が亢進している |
症状がなければ生活指導のみ 症状があれば,対症療法 |
2度 |
:唾液中に細かい唾液の泡がみられる |
唾液分泌改善の治療+生活指導 漢方製剤(白虎加人参湯,麦門冬湯など) サリグレン等(シェーグレン症候群の場合) 唾液腺への刺激(舌体操やマッサージ) |
3度 |
:舌の上にほとんど唾液がみられず,乾いている |
保湿ケア(保湿剤)+治療+生活指導 唾液分泌改善の治療(上記) |
(注意)0度や1度でも乾燥感を訴える場合がある
治療法選択は,対症療法としては,自覚症状への対応,口腔粘膜の保湿,粘膜痛や違和感への対応,口腔機能障害への対応を行う.原因療法としては,脱水などに対する水分補給,原因薬剤の減量,変更,中止,口腔機能の改善,リハビリテーション,人工唾液の応用,唾液分泌改善薬の使用,漢方薬の使用,口呼吸に対する対応,生活習慣などに対する指導がある.
表2:検査結果判断のポイント
自覚症状
唾液量が正常範囲であっても,安易に心身症と判断しない.
1)薬剤関与の可能性について検討する.
2)自覚症状の発現機序を説明する.
唾液分泌量
刺激唾液量だけで,異常なしという判断をしない.
1)刺激唾液量は唾液分泌能力の評価であって,安静時の唾液を代表していない.
2)刺激唾液が正常であっても安静時唾液の評価を行う.
3)口腔内の唾液湿潤状態,臨床症状をあわせて判断する.
口腔乾燥と唾液分泌低下
口腔粘膜の乾燥状態と唾液分泌量の低下とは,分けて考える.
1)また,口腔機能や過敏症状などを加味して判断する.
2)唾液量が正常でも,口腔粘膜が乾燥する可能性はある.
3)唾液量が減少していても,飲水で口腔粘膜の乾燥はある程度緩和できる.
4)唾液湿潤度検査紙や口腔水分計により唾液貯留状態や粘膜乾燥度を評価する.
5)必要に応じて唾液の物性評価を加える.
1.対症療法
対症療法は,口腔乾燥に関連した口腔症状軽減を目的に行う.口腔乾燥の自覚症状や唾液のねばねば感,分泌低下による口腔の違和感,舌痛症や口腔粘膜の疼痛,義歯の不適合や疼痛,義歯性潰瘍の頻発,アフタ性口内炎や粘膜潰瘍,咀嚼障害,嚥下障害,味覚障害,構音障害等の症状を軽減して,生活の質を高める.
1)保湿
口腔乾燥による舌や口腔粘膜の痛みがある場合には,粘膜の保湿が必要である.とくに,乾燥した口腔粘膜には,保湿剤を含有した絹水やオーラルウェットを用いて,粘膜の保湿を行う.絹水やオーラルウェットはうがい法より,スプレー法や塗布法も効果的である.
乾燥した粘膜は傷つきやすいので,義歯や歯牙の鋭縁や角を十分に研磨する.乾燥した口腔粘膜や顎堤では,義歯の違和感等も亢進するので,同様に絹水やオーラルウェット,オーラルバランスによる義歯粘膜面の保湿を試みる.
2)口腔リハビリテーション
口腔乾燥患者では,唾液による粘膜の保湿が不十分となり,スムーズな動きの制限や空嚥下回数の減少で,水分摂取時のむせや誤嚥が多くなる.口腔乾燥によると考えられる咀嚼嚥下障害が認められる場合には,保湿を中心とした口腔ケアが有用でなる.この場合に,水を使用すると,粘膜の上を流れすぎてむせや誤嚥を引き起こす可能性があるので,最初は,保湿剤をスポンジブラシで塗布する方法が効果的である.
3)口腔ケア
要介護者や入院患者で口腔乾燥がみられる場合には,食前の口腔ケアが必須で,粘膜の保湿を目的としたケアを行うと臨床的効果が高い.要介護高齢者などでは,乾燥した口腔粘膜上皮が角化することで剥がれやすくなり,刺激に対して弱くなっている.そのため,角化した粘膜が,少唾液腺の作用などでゼリー状になり口蓋粘膜に付着することも多い.一般に,このゼリー状の物質は痰と間違われやすいが,粘膜の保湿により生じなくなる.
寝たきり高齢者の口腔ケアでは,口腔内清掃だけではなく,口腔内の保湿が極めて重要である.要介護者などが,唾液分泌低下作用の薬剤を服用している場合は,とくに注意が必要である.口腔乾燥のために言語機能が障害されて,意思疎通が困難になる場合も多いので,口腔粘膜の保湿ケアを行う.乾燥が高度の場合は,水ではなく保湿剤を使用し,2〜4時間おきの定期的な保湿ケアが有用である.
4)十分な清掃と自浄作用への効果
口腔粘膜の乾燥や,唾液量低下による唾液の粘性亢進があると,食物残渣が停留しやすくなり,口腔内の自浄作用が低下する.根面齲蝕なども発症しやすくなるので,歯のある患者では歯間ブラシやデンタルフロスなどの清掃補助具を用いた十分な清掃を同時に行うことが必要である.
粘膜の保湿で,自浄作用が高まり,唾液分泌への刺激も期待できる.口腔ケアだけでなく,口腔リハビリや義歯調整なども併せて行うと効果的である.
2.原因療法
1)水分補給
脱水や発汗などによる急性の口腔乾燥あるいは唾液分泌低下と考えられる場合は,水分補給が有効である.しかし,慢性症状となった口腔乾燥や唾液分泌低下では,水分補給による効果が少ないことがあるので,注意する.細胞内外の浸透圧調節障害により,体内に水分が吸収されにくくなっているためで,逆に水分過剰摂取による尿意が夜間睡眠を障害することも多い.その意味で,浸透圧調節改善を考慮した漢方薬による治療は有用である.
表3.臨床症状と治療方針
臨床症状 関連因子と治療方針
•唾液分泌低下作用薬剤服用→服用薬の中止,減量などの対応
•起床後,乾燥感が強い →口呼吸,いびきに対する対応
•午後に乾燥感が強くなる →睡眠薬などの副作用の可能性
•口蓋部や口唇部の乾燥感 →小唾液腺の症状
•唾液はあるが乾く →口腔や舌機能低下・義歯不適合
•べたべたする →耳下腺唾液の増加・唾液量改善
•夜間排尿の頻度増加 →水分代謝や浸透圧調節機能低下
•シェーグレン症候群 →疾患の治療を行う
2)薬剤の副作用を除去・軽減
薬剤による唾液分泌低下があると考えられる場合は,薬剤性の関与を除去・軽減する.とくに,降圧剤や利尿効果のある薬剤や,抗精神薬や抗うつ剤など抗分泌作用のある薬剤などを服用している場合は,副作用の少ない薬剤への変更や薬剤量の減量が必要である.現実には,全身疾患との関連や主治医の治療方針などとの関連で,変更不可能な場合が多い.
3)口腔のリハビリテーション
口腔機能低下の可能性がある患者では,唾液分泌を促すようなリハビリテーションや口腔機能訓練を行う.顎下腺や耳下腺などに対するマッサージや,舌体操,口腔体操などは効果的である.義歯不適合の患者では,義歯咬合の安定や調整を行い,唾液腺に対する物理的刺激による唾液分泌を考慮する.
4)唾液分泌を促進する薬剤の使用
唾液分泌低下がある場合は,唾液分泌を促進する薬剤の使用を試みる.シェーグレン症候群や放射線障害の口腔乾燥症に適応のある製剤など(商品名:サリグレン,エボザック,フェルビデン)も,薬理効果からシェーグレン以外の口腔乾燥症における唾液分泌に対して効果がある.しかし,保険診療では,使用が制限される.
このような患者では,漢方薬の投与が有効である.漢方薬は,体質を考慮して選択するが,処方選択には,舌の色や舌苔の状態から全身状態を把握する舌診が極めて有用である.唾液分泌改善効果のある漢方薬としては,白虎加人参湯,麦門冬湯,十全大補湯,八味地黄丸,柴胡桂枝乾姜湯,五苓散などがあるが,それぞれの体質や特徴を考慮した処方が効果的である.効果がみられても中断せずに,徐々に減量していくことが臨床上効果的である.
5)人工唾液
口腔内の乾燥が重度の場合や口腔内の唾液量が少ない場合には,人工唾液を用いる.サリベートなどの人工唾液の効果が期待できない場合や粘膜乾燥が強い場合には,保湿成分を含有した洗口液絹水や洗口液オーラルウェット等を人工唾液として応用する.またオーラルバランスも,粘膜からの蒸散防止から応用可能である.
6)生活習慣や体質の改善
口腔乾燥症は,生活習慣や生活環境,ストレス,末梢の血液循環状態なども大きく関連することから,全身症状や体質についての判断も考慮しながら,治療や生活指導,漢方治療などを行う.
生活指導では,水分摂取だけでなく,栄養学的バランスやライフスタイル,末梢血液循環状態改善も含めて,食事指導なども行う.体質改善の目的では,漢方製剤の使用が効果的である.
7)口呼吸への対応
口呼吸がみられる場合には,口を閉じるための口腔リハビリテーションや義歯使用を試みる.口唇閉鎖ができない場合には,ガーゼを用いての保湿や湿潤剤の使用を行う.このとき,絹水などの保湿剤とオーラルバランスの併用が効果的である.
口呼吸では,生活環境の湿度や冷暖房の効きすぎに注意する.いびきの患者も夜間に口腔乾燥が生じやすいので,いびき治療や睡眠時の体位工夫などについて指導する.
8)嗜好品への対応
口腔乾燥の患者では,あめ玉やキャンデー,ガムを多用している場合が多く,齲蝕の発症や歯周炎の増悪と関連している症例が多い.また,あめ玉やキャンデーなどは溶ける際に粘膜を傷つけやすく,微少外傷で疼痛を生じることもある.アルコール摂取も口腔乾燥に関連していることが多く,注意が必要である.
口腔乾燥患者では,食生活や嗜好品等についての問診が不可欠である.嗜好品による2次的な口腔症状の予防には,嗜好品の中止や代替え品への移行,ノンシュガーの製品への変更,湿潤剤配合洗口液などでの保湿等を指導する.
おわりに
口腔乾燥症は,全身状態や薬剤,生活習慣,生活環境などと大きく,関連しており,これらの要因を考慮した対症療法と原因療法,ケア,指導が重要である.とくに,口腔ケアでは,清掃だけでなく,粘膜の保湿を十分に行うことがQOL向上に役立つ.