研究講座

口腔乾燥症の診断と治療C

第4回:口腔乾燥に効果のある漢方薬

 九州歯科大学教授

生体機能制御学講座・摂食機能リハビリテーション学分野

柿木保明

はじめに

 口腔乾燥症に対する薬物療法は,唾液分泌改善,口腔粘膜乾燥改善,関連症状の改善の目的で行う.とくに,体質的な問題や服用薬物の副作用の場合は,漢方薬の投与が効果的である場合が多い. 

 

1.唾液分泌改善

 唾液分泌を改善する薬剤には,塩酸セベメリン製剤やアネトールトリチオン製剤,その他の製剤が用いられる.保険診療の場合には,適応症の問題があるので,注意して使用する.

1)サリグレン®,エボザック®

 塩酸セベメリン製剤で,唾液腺のムスカリン受容体に作用して唾液分泌を促進する.シェーグレン症候群以外の口腔乾燥症でも唾液分泌改善効果はみられるが,保険適応については,シェ-グレン症候群に限られている.1回1カプセル,1日3回服用であるが,副作用をできるだけ回避する目的から1日1カプセルから開始するとよい.

2)フェルビテン®

 利痰剤であるが,唾液分泌効果がみられることから,シェーグレン症候群に対する保険適応がある.1回2錠,1日3回服用

3)その他

 唾液腺ホルモン(パロチン),去痰剤(ビソルボン®,ムコソルバン®)などが使用されているが,口腔乾燥症としての保険適応はない.また,白血球減少症治療薬(セファランチン®),副交感神経刺激剤(ピロカルピン®,ウブレチド®)なども,使用される例があるが,同じく,口腔乾燥症に対する保険適応はない.

 

2.漢方薬

 漢方薬は,症状に応じて選択すれば,口腔乾燥症や唾液分泌低下症候群に対して有効な薬剤である.口腔乾燥症などに対する漢方薬は,患者の体質や症状に応じて多くの製剤が用いられるが,ここでは,主な製剤を紹介する(表1).

 漢方治療の専門家からみると,漢方薬は漢方医学的診断による「証」を判断した上で処方すべきで,西洋医学的な選択法で用いる方法は本来の使用法ではない,のが本音であろう.しかしながら,証が多少異なっても臨床的な効果がみられる症例を経験するのも事実である.基本的な漢方医学の考え方については,入門書などを参考にしていただいて,本稿では,歯科臨床における大まかな選択法の一方法を紹介したい(表2表3).

  

                      表1.口腔乾燥に効果のある主な漢方製剤

 

 薬剤名  (ツムラの番号例)          効能又は効果(主なもの)

 

白虎加人参湯  (TJ-34)   ビャッコカニンジントウ

                  のどの乾きとほてりのあるもの

滋陰降火湯   (TJ-93)   ジインコウカトウ

                  のどにうるおいがなく痰の出なくて咳き込むもの

五苓散     (TJ-17)   ゴレイサン

                  頭痛,浮腫,めまい

麦冬門湯    (TJ-29)   バクモンドウトウ

                  痰の切れにくい咳,気管支炎,気管支喘息

十全大補湯   (TJ-48)   ジュウゼンタイホトウ

                  食欲不振,貧血,病後の体力低下

小柴胡湯    (TJ-9)   ショウサイコトウ

                  体力中程度で上腹部がはって苦しく,舌苔を生じ,口中不快,食欲不振,時により微熱,

悪心などのあるものの次の諸症:急性熱性病,肺炎,気管支炎,感冒,リンパ腺炎

柴胡桂枝乾姜湯 (TJ-11)   サイコケイシカンコウトウ

                  体力が弱く,冷え症,貧血気味で動機,息切れがあり神経過敏のものの次の諸症:更年

期障害,血の道章,神経症,不眠症

八味地黄丸   (TJ-7)   ハチミジオウガン

                  疲労,倦怠著しく尿利減少または頻数,口渇し,手足が交互的に冷感と熱感のあるもの

の次の症状:腎炎,糖尿病,陰萎,腰痛,前立腺肥大,高血圧など

柴朴湯     (TJ-96)   サイボクトウ

                  気分がふさいで,咽喉,食道部に異物感があり,時に動機,めまい,嘔気などを伴う次

の諸症:せき,気管支炎,不安神経症

当帰芍薬散   (TJ-23)   トウキシャクヤクサン

                  筋肉が一体に軟弱で疲労しやすく,腰脚の冷えやすいものの次の諸症:貧血,更年期障

(頭重,頭痛,めまい,肩こり等)

     

           表2.主な漢方薬の選択基準の例

    症状           漢方薬 (ツムラの番号)

  

       薬剤性              =白虎加人参湯(TJ-34

  からだの乾燥     =滋陰降火湯(TJ-93

             麦門冬湯(TJ-29)*

歯痕・浮腫       =五苓散(TJ-17

溝状舌・貧血      =十全大補湯(TJ-48

冷え性・貧血      =当帰芍薬散(TJ-23

神経症状          =柴朴湯(TJ-96

*適応病名に注意

 

   表3.口腔乾燥症に効果のある漢方薬の選択と適応症

   薬剤名      分類     主な証      症状・備考        主な適応症

白虎加人参湯     清熱剤      実〜中     歯髄炎などの疼痛にも有効     口腔乾燥症

滋陰降火湯       滋潤剤      中〜虚     皮膚乾燥,粘性痰            口腔乾燥症

五苓散          利水剤      実〜虚     舌苔湿潤,舌胖大,歯痕       頭痛

麦冬門湯        滋潤剤      中〜虚     痰が切れにくい,乾燥傾向      咳・気管支喘息

十全大補湯       気血双補     中〜虚     溝上舌,疲れやすい          貧血,舌痛症

柴胡桂枝乾姜湯    和解剤      中〜虚     顔色すぐれず,精神症状あり    神経症

小柴胡湯        和解剤      中程度     口中不快,舌苔              リンパ腺炎

八味地黄丸       温裏補陽     実〜虚     舌は湿で,淡白              貧血,舌痛症

当帰芍薬散       利水剤      中〜虚     冷え症,舌薄白苔            貧血,更年期障害

柴朴湯          和解剤      中〜虚     喉の詰まる感じ神経症状       不安神経症

  

 口腔乾燥症の病名で処方可能な主な製剤は,白虎加人参湯と滋陰降火湯である.そのほかの漢方製剤は,合併症や随伴症状を考慮して処方する必要がある.また,実際の使用では,問診とともに,生体の水分吸収力や分泌のバランスなどの体質や全身状態などを考慮して選択する.たとえば,体に水分が貯留しやすい状態かどうか,分泌能力低下の有無,口が渇くのか水をよく飲むのか,尿の状態はどうか,などを総合的に判断する.

1)口腔乾燥および唾液分泌低下症候群

薬剤性の口腔乾燥症では,白虎加人参湯を第一選択とする.ただし,明らかに証が判断できるときには,その処方を用いる.実際の歯科臨床では,舌所見や問診結果なども参考にするとよい.舌に歯痕がついている場合で,唾液粘性が亢進している場合は,浮腫傾向にあると考えられることから五苓散が効果的である.また,舌が正常よりも赤く,血液の濃縮や脱水が考えられる場合や舌表面が乾燥して,痰がからむ咳をする場合などでは,麦門冬湯の適応となる.向精神薬の副作用による薬剤性口腔乾燥症では,白虎加人参湯が用いられる.貧血傾向で,粘膜が弱く,溝状舌などの場合には,十全大補湯も効果的がある.

2)関連症状

唾液分泌低下とともに,ストレスに対する抵抗力が弱くなっている場合や,地図舌などの場合には,半夏瀉心湯や半夏厚朴湯などを用いる.

舌痛症などで,唾液分泌低下がある場合には,粘膜の症状や神経過敏を改善するために,十全大補湯や当帰芍薬散などを用いると効果的である.また,口腔乾燥に伴って,神経症状がある場合には,桂枝加朮附湯や五苓散を用いる.

3)漢方薬の使用方法

漢方薬は,西洋医学的な薬剤と異なり,体のバランスを基に戻すことで治癒していくので,唾液分泌低下や口腔乾燥症の原因が,生活習慣や全身状態等と関連している場合や,長期の薬剤服用に関連している場合は,一般に治癒までの経過が長い.原因療法が奏功してくるまで,2週間から3カ月と,患者によって大きく異なる.したがって,原因除去ができない場合や原因が特定できない場合は,最低でも2〜4カ月程度の治療期間が必要となる.

服用量は,定められた1日量から開始し,効果が出てくれば,徐々に減量していく.処方期間は,当初の1〜2週間は改善していても,ほとんど効果を感じない場合があるので,唾液湿潤度検査などの簡易唾液検査などで経過をみながら処方を続ける.最初は7日〜14日分から開始する.効果が出たからといって急に服用を中止するとしばらくして後戻りすることがある.減量していく場合は,個人差があるが,効果を確かめながら2〜6カ月かけて行うと良い.減量するときは,分2あるいは分1と減量して方法が簡便である.症状に応じて2処方を組み合わせる場合もあるが,その場合は,構成されている生薬を確認して,1種類を分2,他の1種類を分1のように,症状に対して過量にならないように気をつける(表4).

 

     表4.漢方処方の例

1)薬剤性の口腔乾燥症の場合の例

ツムラ白虎加人参湯  9.0

       3×毎食間   14日分〜28日分

2)平滑舌で乾燥がある場合の例

ツムラ十全大補湯   7.5

       3×毎食間   14日分〜28日分

3)舌色が赤くて,からだ全体の乾燥が考えられる場合の例

ツムラ滋陰降火湯   7.5

    3×毎食間   14日分〜28日分

4)舌に歯痕がある・浮腫傾向の場合

ツムラ五苓散     7.5

   3×毎食間   14日分〜28日分

5)溝状舌・貧血がある場合

ツムラ十全大補湯   7.5

    3×毎食間   14日分〜28日分

6)冷え性・貧血,舌の先端に赤黒い斑点がある場合などの例

ツムラ当帰芍薬散   7.5

3×毎食間   14日分〜28日分

7)神経症状のある場合

ツムラ柴朴湯     7.5

3×毎食間   14日分〜28日分

8)地図状舌,口内炎などのある場合の例

ツムラ半夏瀉心湯   7.5

       3×毎食間   14日分〜28日分

 

 

3.その他の薬剤

保湿効果や蒸散防止を期待して,保湿効果のある絹水やオーラルウェットを人工唾液的に使用する.口腔乾燥に関連してカンジダ症が見られる場合には,フロリードゲル®の使用も効果がある.予防的な抗真菌剤の使用は避ける.

アルコール含有の洗口液は,乾燥傾向のある粘膜には刺激が強いことがあるので,注意する.また,酸性の洗口液やレモン,酢などの酸性食品などを刺激唾液の分泌促進に使用する例があるが,もともと自浄作用が低下しているので,根面う蝕や2次う蝕,咬耗などに気をつける.使用する際は,使用後のうがいなどを指導する.

 

おわりに

 口腔乾燥症に対する診断と治療は,一般に,シェーグレン症候群の診断を準用されており,スタンダードになっている.しかし,要介護高齢者や障害者では,準用できないので,新たな診断と評価を応用する必要がある.様々な原因と関連因子に対応するためには,患者の既往歴や自覚症状,服用薬剤などについて,詳細に調べることが大切であり,そこから治療の糸口が見つかることが多い.

漢方薬は,体質やストレス,服用薬剤の副作用に対しても効果がみられることから,今後,歯科領域でも応用すべき治療法と考えられる.

 

参考文献

1)柿木保明:高齢者の口腔乾燥症.デンタルダイヤモンド37342-472002.

2)柿木保明:疾患と漢方.歯科医師・歯科衛生士のための舌診入門(柿木保明,西原達次編著),ヒョーロン,東京,2001190-194.

3)柿木保明:歯科漢方ハンドブック.KISOサイエンス.2005

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