研究講座
口腔乾燥症の診断と治療A
第2回:評価と診断
安静時唾液と刺激唾液,乾燥度の評価
国立病院機構福岡病院・歯科医長
歯学博士 柿木保明
はじめに
これまでの臨床の現場で実施されてきた口腔乾燥症や唾液分泌低下に対する検査は,咀嚼刺激による唾液分泌量評価が中心であった.しかしながら,これらの検査は,唾液分泌能力を検査するには適しているが,要介護高齢者や障害者などでは,ほとんど実施できないので,これまでの検査だけでなく,より簡便で客観的な検査方法が必要となる.とくに,唾液分泌状態と口腔乾燥状態とを評価することが,治療やケアの選択を行う上で,簡便である.
口腔乾燥症と唾液分泌低下症の診断と検査としては,自覚症状や問診による評価,臨床診断基準による評価,安静時唾液量,粘膜湿潤度,口腔粘膜の水分量によるスクリーニングが簡便である.これに加えて,必要に応じて刺激唾液量の検査やシェーグレン症候群の鑑別診断を行い,唾液の性状検査が必要な場合は,曳糸性検査などの物理的性状の検査を行う.
検査方法
口腔乾燥症の検査では,安静時唾液と刺激唾液量の判定が重要である.口腔乾燥症では,安静時の唾液量低下や口腔乾燥症状が臨床上の問題となっている場合が多く,日常生活のQOLを向上させるためには,まず安静時の唾液量や乾燥感の評価を行う.その後,唾液分泌機能に対する検査として刺激唾液検査を行うと良い.唾液分泌については,耳下腺,顎下腺,舌下腺の3大唾液腺だけでなく,口蓋部や口唇部の小唾液腺評価も重要で,さらに,実際の臨床症状と関連する口腔粘膜上の唾液貯留量や湿潤度,粘膜の保湿度,唾液の口腔内分布の状態も評価する(表1).
表1:唾液分泌低下のめやす
検査項目 口腔乾燥および唾液分泌低下のめやす
刺激唾液量 :ガム法:ガムを10分間咬んで10ml以下
サクソン法:規格ガーゼを2分咀嚼して2g以下★
安静時唾液量:吐唾法:10分間1ml以下★
:ワッテ法:30秒0.1g未満
唾液湿潤度 :舌上10秒2mm未満(重度=1mm未満)
舌下10秒5mm未満(重度=2mm未満)
口腔水分計 :27未満,(重度=25未満)
臨床診断基準:2あるいは3(重度=3)
★:シェーグレン症候群の診断基準として使用されている評価方法
1)問診・自覚症状
自覚症状に対する問診は,口腔乾燥症や唾液分泌低下の評価において,極めて重要である.とくに,唾液分泌低下をきたす薬剤を服用しているかどうかについては,必ず把握する.また,その薬剤の服用期間や服用量も,治療期間と関連することから,記録すべきである.薬物性の口腔乾燥や唾液分泌低下では,服用期間が長ければ長いほど,治療期間も延長しやすい.
臨床上,最も問題となるのは自覚症状である.口腔粘膜の乾燥感や唾液のベタベタ感やべたつき感などは,臨床的に分泌量と相関するが,一部の患者では関連しないことがある.口腔乾燥感では,耳下腺,顎下腺,舌下腺などの大唾液腺の分泌量が改善しても,口蓋部や口唇部の乾燥感を訴える場合がある.これは,小唾液腺の分泌量低下と関連している症状と思われる.また,知覚神経に過敏症状がある場合や心因性の因子が関連している場合には,さらに,ベタベタ感や違和感を訴えやすい.とくに,長期間の抗精神薬や睡眠剤の服用がある場合には,その傾向が強いので,十分な説明と指導が必要となる.
睡眠剤の長期服用患者では,起床後の症状は比較的軽く,昼から夕方にかけて症状が重度化する例が多い.これは,長期連用による知覚低下作用で,服用時の口腔感覚を平常と感じるようになり,非服用時に知覚が元にもどることで過敏に感じるようになるためと考えられる.このような症例では,唾液分泌が改善しても,唾液の粘性感や違和感が解消されにくいので,唾液分泌の改善と違和感の発症機序が異なることを説明して理解してもらうことが重要である.
2)臨床診断基準
口腔所見を観察することで,口腔乾燥度の評価が可能となる.自覚症状と関連している舌粘膜の乾燥状態を中心にした臨床診断基準による分類が,2度あるいは3度に分類される場合には,唾液分泌の改善と保湿が必要となる(表2).
表2:口腔乾燥症の臨床診断基準
0度(正 常):1〜3度の所見がなく,正常範囲と思われる
1度(軽 度):唾液の粘性が亢進している
2度(中程度):唾液中に細かい唾液の泡がみられる.
3度(重 度):舌の上にほとんど唾液がみられず,乾いている
(柿木保明,2000)
3)刺激唾液量
刺激唾液量の評価は,これまで口腔乾燥症診断の中心的存在として重要視されてきた.唾液分泌能力の判定に重要で,シェーグレン症候群の鑑別診断には不可欠である.
ガム法やガーゼの咀嚼によるサクソン法などの刺激唾液量の評価は,唾液分泌の残存能力を評価するのに適している.しかし,安静時唾液の状態とかならずしも相関していないことを理解しておく.また,咀嚼機能低下や義歯不適合の患者などでは,咀嚼能力の影響が出やすいので注意する.痴呆患者などでは,検査に対する理解不足なども結果に影響することが考えられる.刺激唾液量が低下している場合は,唾液分泌機能,とくに分泌能力の低下をきたしていることが考えられるが,体液量の低下や薬物の副作用による分泌低下も含まれるため,原因の鑑別が重要となる.
4)安静時唾液量
安静時唾液量は,日常の口腔乾燥感と関連していると考えられるので,臨床症状のある患者では重要視する.一般には,安静時に分泌される唾液をコップなどの容器に吐き出して,その量を計測する吐唾法が実施される.しかし,要介護高齢者などでは,実施不可能な患者が多いので,このような場合にはワッテ法を用いると,検査手順が簡便なため,実施しやすい.知的障害や口腔機能低下がない患者では,吐唾法による検査結果の評価も行う.安静時唾液量の低下がある場合は,日常の乾燥感と関連していることが多いので,唾液分泌を改善する治療と臨床症状に対する治療が必要となる.また,浸透圧調節の能力が低下していると考えられる場合には,唾液分泌の改善とともに水分代謝能改善にも効果のある漢方薬の応用などを考慮する.
5)唾液湿潤度
口腔粘膜や舌粘膜上の唾液湿潤度検査は,唾液量そのものを代表しているわけではないが,唾液の分布を評価するのに適している.とくに,舌背部の湿潤度検査の結果は自覚症状と相関していることから,スクリーニングテストとして応用しやすい.
舌粘膜の唾液湿潤度は唾液分泌量だけでなく,舌乳頭の状態や唾液の攪拌能力などにも影響されているので,検査結果だけでなく総合的に評価する.舌乳頭萎縮などで,平滑舌を呈していると,唾液分泌が正常でも唾液を保水できないことから,湿潤度は低い値を示す.一方,唾液分泌量が低下していても,嚥下機能の障害により唾液嚥下困難の場合には,唾液が口腔内に貯留しやすいため,湿潤度検査値は高くなる.
このように,口腔内に分布する唾液の状態を嚥下機能や舌乳頭などの状態を考慮して評価することで,口腔乾燥症と唾液湿潤度の正しい評価ができる.湿潤度検査値が1mm未満の場合は,保湿や人工唾液の応用が必要である.また,1mm以上2mm未満の場合でも舌粘膜の乾燥感がある場合は,保湿を必要とする.
6)口腔水分計
口腔水分計は,口腔粘膜上皮の静電容量を測定することで水分量を判定する.口腔粘膜の水分量の低下,すなわち乾燥度に応じて測定値が低下する.測定値は測定時の圧力に左右されやすいので,約200グラムの適切な圧で測定する必要がある.測定値の判断として,頬粘膜などでは,唾液量が少ない場合でも自由に飲水できる患者では,正常値を示すため,測定値が良好であるからといって,すぐに口腔乾燥症を否定しないように注意する.
舌粘膜では,舌乳頭が存在するために,舌乳頭のくぼみにある唾液量にも影響される.したがって,舌粘膜の保湿度が正常範囲であっても舌乳頭周囲の唾液量が低下している場合は,数値が低くなることから,舌粘膜では,平滑舌でない場合には,仮想粘膜として湿潤度を評価していると考えられる.いずれにしても,測定値の低下は,湿潤度低下や粘膜保湿度の低下を意味しているので,治療や対応を必要とする.
7)シェーグレン症候群の鑑別診断
シェーグレン症候群の鑑別診断は,診断基準に基づいて,唾液検査だけでなく,耳下腺の造影検査や口唇腺の病理的検査,血液の免疫学的な検査などを行う.治療法については,薬物療法が中心となるが,内科的な対応が必要となる場合が多いので,医科主治医との連携を行う.薬物による副作用で唾液分泌低下や咀嚼機能低下があると,刺激唾液量や安静時唾液量の低下が生じるため,生検や血液検査,RI検査,唾液腺造影を実施しないまま,鑑別診断を行う場合は,注意を要する.このような場合には,薬剤性や口腔機能障害による口腔乾燥症でないことを確認すべきである.
8)唾液の物性検査
唾液の物性検査は,検査機器の価格等の問題で,臨床上はあまり実施されてこなかったが,近年,糸引き度を計測できる曳糸性測定器が開発され,唾液の物性検査の一つとして応用できるようになった.一般に,2〜3mm程度を示すことが多く,測定値が高い場合は,糸引き度が高いことを示し,高値を示す場合は,耳下腺唾液の分泌低下や唾液の粘性亢進や唾液量低下なども考えられるので,安静時唾液量の改善を考慮する.
9)口腔機能障害
口腔機能も,唾液分泌と関連していることがあるので,咀嚼機能については,義歯の咬合状態や安定度について診査する.また,咀嚼可能な食物について問診することでもおおよその判断ができる.嚥下機能については,嚥下造影(VF)がスタンダードとされているが,設備や被爆の問題もあり,スクリーニング法としては適切でない.
嚥下障害のスクリーニング法としては,一般に,RSST(反復唾液嚥下テスト),水のみテストなどが行われる.RSSTは,座位またはリクライニング位で,30秒以内に唾液嚥下した回数を観察値とする.口腔乾燥のため唾液嚥下ができない場合は,人工唾液や水1mlを舌背部に滴下して実施する.3回以上が一般に正常値とされる.水のみテストは,常温の水30mlを患者に渡し,「この水をいつものように飲んでください」といい,飲み終わるまでのエピソードを測定,1回でむせることなく5秒以内を正常範囲とする.
参考文献
柿木保明,山田静子編著:看護で役立つ口腔乾燥と口腔ケア―機能低下の予防をめざして―.医歯薬出版,東京,2005