研究講座

口腔乾燥症の診断と治療@

第1回:口腔乾燥症とは〜唾液分泌低下の病態〜

国立病院機構福岡病院・歯科医長

歯学博士 柿木保明

はじめに

唾液分泌は,さまざまな因子から影響を受けている.とくに,近年は,薬剤やストレスと関連した唾液分泌低下や口腔乾燥症が多く見られる.これらの患者に対する治療やケアは,症状発現のメカニズムを理解した上で,行うことが必要となる.今回は,口腔乾燥症に対する臨床的対応を中心に,新しく開発された唾液の臨床検査方法や,臨床の現場で実施可能な検査方法とそれに基づく治療方法の選択,効果判定法などについて述べたい.

 ■ 1.口腔乾燥症とは ■

口腔乾燥症は,口腔粘膜や口腔内の乾燥というイメージが強いために,わずかでも唾液が存在すると口腔乾燥ではないと判断されやすい.また,自覚症状があるにもかかわらず,唾液 量の検査などで正常範囲と判断されることも多い.これらの多くは,唾液分泌量の低下と口腔乾燥を混同していることによると思われる.唾液量が多くても口呼吸や口腔機能低下などがあると,口蓋や舌などの粘膜乾燥がみられる場合がある.一方,唾液量が少なくても,飲水や保湿が十分であると,口腔粘膜の乾燥をある程度防止することが出来る.したがって,臨床上,口腔乾燥と唾液分泌低下を区別して捉えると,患者の口腔症状を理解することが容易になる.

唾液は,口腔の環境や組織,機能の維持および改善に必要不可欠である.この唾液が少なくなると,自浄作用の低下によりう蝕の発生や歯周炎の増悪をはじめとして,種々の口腔症状が引き起こされる(表1).唾液分泌量が低下しなくても,要介護者などでは口呼吸が原因で口腔粘膜の乾燥が生じることもある.口腔乾燥症は,高齢者で多く見られるため,加齢による症状としての認識が多かったが,近年の研究では,加齢による唾液分泌の低下はほとんどみられないとする報告が多くみられるようになった.

しかしながら,多くの高齢者が口腔乾燥や唾液分泌低下により,食事摂取困難や味覚異常,口腔違和感,口腔感染症,嚥下困難などに悩まされているのも事実である.さらに,口腔乾燥症の診断基準が高齢者に対応していなかったことも原因のひとつであると思われる.

表1:唾液分泌低下による口腔症状

う蝕の増加,根面う蝕の増加 → 歯周炎の増悪

粘膜疾患,口内炎        → 義歯の不適合,傷がつきやすい

舌苔の増加            → 唾液がベタベタ,ネバネバする

カンジダ症などの感染症発症 → 口腔内が汚れやすい

味覚異常             → 食物摂取困難,嚥下困難

口臭                → その他

 

1)唾液とは

 唾液は,三大唾液腺(耳下腺,顎下腺,舌下腺)と小唾液腺(口蓋腺,口唇腺など)から分泌され,分泌量は,1.01.5リットル/日とされている.成分としては,水分が99.5%で,残りが無機質を主とする固形分である.性状としては,耳下腺は漿液性で,舌下腺が粘液性,顎下腺が混合型である.唾液は抗菌性物質や保湿成分,免疫成分などを含み,消化作用や粘膜保護作用,口腔機能に不可欠である1)

2)唾液腺

 唾液腺そのものは,ポンプ作用を有していないため,分泌は,咀嚼などの物理的刺激や,味覚刺激などによる刺激時に行われる.したがって,咀嚼機能の障害や口呼吸などで,物理的刺激がなくなったり,経管チューブなどで,味覚刺激がなくなると,唾液腺に対する刺激が減少することになる.

唾液腺の分泌様式は,安静時唾液と食事などの刺激によって分泌される刺激唾液とに分けられる.唾液腺からの唾液分泌は,交感神経および副交感神経により調節されている.延髄の上下唾液核を起始核として耳神経節および顎下神経節を介して,副交感神経系の唾液腺支配があり,漿液性唾液分泌を促進する.一方,胸髄側核を起始核として上頸神経節を介する交感神経系の支配により粘液 性の唾液分泌が分泌される2)

 唾液は,ほとんどが水分であるが,消化酵素や抗菌物質(ヒスタチン,シスタチン,ペリオキシダーゼ),成長因子(EGF,NGF),サイトカイン類(TGF-α,TGF-β,IL-6)などさまざまな生理活性物質を含んであり,口腔組織だけでなく,他の臓器,組織にも影響を及ぼしている3)

3)口腔乾燥の自覚症状

口腔乾燥感の自覚は,唾液分泌低下(Hyposalivation)や,口腔粘膜の保湿度低下,唾液の粘性亢進,そのほかの疾患などでも生じる.この口腔乾燥(dry mouth)と呼ばれている症状は,口腔の乾燥感だけではなく,口腔の違和感や義歯不適合など様々な状態を含んでいる4).平成13年度長寿科学総合研究事業「高齢者の口腔乾燥症と唾液物性に関する研究」(主任研究者:柿木保明)で実施された口腔乾燥の自覚症状に開する調査研究では,65歳以上の高齢者のうち56.1%が口腔乾燥感を自覚しており,病院などへ入院入所していない高齢者に限っても51.1%と高い頻度であった5).口腔乾燥は,考えられている以上に高い自覚率であることが示され,適切な評価と対応が必要であると思われた.

4)口腔乾燥症の関連因子

  口腔乾燥症には,唾液分泌量だけでなく,様々な因子が関連している(表2).唾液分泌に関しても,刺激時と安静時の唾液量がある.また,小唾液腺からの唾液分泌量,大唾液腺からの分泌量も口腔症状に関連していると考えられる.舌や口腔粘膜による唾液攪拌能力や,口蓋粘膜部や舌背部,舌下部などにおける唾液の分布状態も重要な因子である.舌 粘膜の状態でも,舌乳頭萎縮があると唾液の保水能力が低下することも考えられる.唾液のネバネバ感などの自覚症状と口腔粘膜の感覚は臨床的に大きく関連している.とくに,服用薬剤の副作用で感覚低下をきたしやすい場合は,唾液分泌がある程度改善しても,違和感が改善してこないことがある.これは,睡眠薬や抗精神薬で感覚低下をきたす時間が長くなると,感覚低下の状態が普通の状態になり,薬効が切れることで口腔の感覚が過敏な状態になることによると思われる.このような患者は,睡眠薬などの長期間服用患者にみられる.また,浸透圧の調節障害と思われるような患者では,水分摂取でも口腔乾燥が改善されず,排尿回数のみが増えて,夜間尿意のために,睡眠障害をきたすことも多い.唾液の粘性や味覚も,口腔内の乾燥感と関連していることがある.さらに,心理的な因子やストレスは,唾液分泌と大きく関連しており,症状を複雑にしている場合がある.このように,口腔乾燥症では,唾液分泌量だけでなく,これらの因子を考慮した診断と治療,ケアが重要である.

 表2:口腔乾燥と関連する因子

     唾液量(刺激唾液量,安静時唾液量)

唾液分泌(小唾液腺,大唾液腺,機能,分泌様式)

唾液の分布(唾液攪拌能力,口蓋,舌上,舌下,他)

舌乳頭の状態(保水能力),口腔粘膜の感覚

体質(水分代謝の程度)

薬剤副作用(分泌抑制,体液量低下,機能低下)

心理的因子

唾液の化学的性状および物理的性状

その他

 

5)安静時唾液と刺激唾液

臨床的に口腔乾燥患者の対応で重要なのは,刺激唾液量と安静時唾液量の違いを理解することである.多くの口腔乾燥患者は,日常では口腔乾燥感を自覚しているにもかかわらず,ガムなどを咬むと刺激唾液が分泌されて,口腔内に唾液がみられる.このような患者に対して,刺激唾液の評価のみで判断すると,正常と判断され,自覚症状が心理的因子に起因すると診断されてしまう.

刺激時唾液の分泌量を判断することは,唾液分泌能力を評価するのに適しており,単位時間当たりの分泌量で判断できるため,シェーグレン症候群などの鑑別診断に採用されている.安静時唾液量の評価は,吐唾法で評価されることが多い.安静時に分泌される唾液を専用容器等に吐き出す方法で,これも単位時間当たりの唾液量で評価できるため,簡便な検査方法の一つとして採用されている.

このように安静時唾液量と刺激時唾液量の検査方法があるにもかかわらず,ガム法やサクソン法などの唾液分泌能力の検査方法が一般の口腔乾燥症患者に対しても応用されていた場合が多かったため,多くの安静時に口腔乾燥を自覚する患者は治療の対象から除外されてしまうことになっていたと考えられる.

これらの検査はいずれも唾液分泌量の検査方法であり,口腔乾燥度の検査ではない.また,咀嚼や吐き出す機能が障害されていると正確な検査が不可能になり,痴呆などの知的障害があると検査方法への理解がないために検査困難になる.これらのために,高齢者や障害者における口腔乾燥の実態があまり明らかにされてこなかったのかもしれない.口腔乾燥症では,唾液量の評価だけでなく,口腔粘膜の乾燥状態や湿潤状態を評価することも臨床的に重要な意味を持つと考える.

6)唾液分泌低下と臨床症状

 臨床の現場で,口腔乾燥(Dry Mouth)と診断される症状は,実際には,唾液分泌低下(hyposalivation)である場合が多い.すなわち,完全な口腔粘膜の乾燥まではいたっていないが口腔粘膜上の唾液が少なくなっている状態である.口腔乾燥は,口呼吸のある障害者や嚥下障害のある寝たきり高齢者で,口腔内に唾液があふれているにも関わらず舌粘膜が乾燥している場合もあり,唾液量低下と相関しないこともある.また,少量の唾液が口や舌の動きで,粘膜全体に細かい泡状に存在する場合もあるが,このような状態も,逆に唾液が多いと誤解されることもある.このように,口腔乾燥の病態は,種々の因子が関連しており,唾液分泌状態と口腔乾燥状態を区別して把握することが必要である.

 口腔乾燥の症状は,初期では,臨床的に舌や口蓋部に症状が発現しやすいように思われ,症状が進むにつれて,舌辺縁部や頬粘膜部まで症状が広がり,重度の口腔乾燥症では,舌下部にも唾液がみられなくなる(図1) 

             図1:口腔乾燥度の重症度

 このように,口腔乾燥を含めた唾液分泌低下に伴う様々な症状や状態を,唾液分泌低下症候群(hyposalivation syndrome)として,捉えると,口腔乾燥症に対する理解が深まると考える4)

 

参考文献

1)石川達也,高江州義矩監訳:唾液の科学(Jorma Tenovuo : Human saliva- Clinical chemistry and microbaiology).一世出版,東京,1998.21-61

2)稲永清敏:加齢による体液恒常性の変化と口腔乾燥症とのかかわり.歯界展望100(1)33-382002.

3)川口 充:唾液腺疾患と機能回復の展開.日本歯科医師会雑誌55-115-252002

4)柿木保明:口腔乾燥症の診断・評価と臨床対応―唾液分泌低下症候群として考える−.歯界展望.95(2)321-3322000.

5)柿木保明,寺岡加代,他:年代別にみた口腔乾燥症状の発現頻度に関する調査研究.厚生科学研究費補助金長寿科学総合研究事業「高齢者の口腔乾燥症と唾液物性に関する研究」平成13年度報告書,19-252002.


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