研究講座【特別企画】

いびきと睡眠時無呼吸症候群(OSAS)への歯科的アプローチ

 

アルスきょうせい歯科院長
宮尾 悦子(名古屋市開業)

はじめに

 近年,わが国において,睡眠医療が変わりつつある.2003年2月26日,JR山陽新幹線でいねむり運転が発生した.この事件以来にわかに注目され各地でスリープ・センターができ睡眠呼吸障害治療が行われている.1998年に,CPAP治療が保険導入された.歯科では,2004年4月より,睡眠時無呼吸症候群に対する口腔内装置(スプリント)治療が保険導入されたことが,大きな出来事である.この分野は,多様な原因・病態があるために,内科・精神科・小児科・頁鼻科・歯科などが連携しあう集学的医療が必要である.OSASにおける歯科の役割は,2つである.1つは,OSAS患者の顎顔面形態を明らかにすることと,もう1つは歯科治療である.
 日本人は,欧米人に比較して肥満の程度は軽い.それにもかかわらず,OSASの発症頻度が低くならず欧米人なみである.これには,額顔面形態の問題が大きく,日本人に特有の咽頭腔の狭小化が関与している可能性が高いと言われている.こうした顎額面形態を明らかにすることは,歯科医にとって基本的な診断法に基づくものであり,非常に重要である.
 OSASの歯科治療は,OSASに対する3大治療(NCPAP,UPPP,Sleep splint)の1つと認識されてきている.Sleep splint(スプリントと略す)による歯科治療は欧米人に対してはあまり奏効しないとされているが,日本人OSAS患者に歯科治療がかなり有効である.この理由を明らかにする.

図1.肥満型(左)と,やせ型(右)のOASA患者

日本人OSAS患者の顔

 肥満型とやせ型のOSAS患者の横顔を示す.(図1)
どちらもAHI50回/h前後の重症のOSAS患者である.臨床上,肥満型は口腔内軟組織の肥厚による問題が大きく,やせ型は顔面骨格の問題が大きい印象がある.


 

 

 

1.歯科診断法

(1)セファロメトリー
 従来,歯科矯正や口腔外科領域で頻繁に利用されてきたものである.側方頭部]線規格写真(セファログラム)で分析する方法である.覚醒時の二次元的な評価である.
撮影時:硫酸バリウムでうがいさせた後に,撮影すると軟組織がわかりやすい.
利点:@簡易である.A顔面骨格が診断できる.B上気道の狭窄部位が推定できる.C患者説明用に便利である.

セファロメトリーによる検査の見方

硬組織…従来のOSASにおけるセファロ分析をみると,Downs−Northwestern法によるものが主流である.欧米では,その結果,OSAS患者は小下顎症や下顎後退が多いと報告されている.Downs−Northwestern法では,日本人の特徴が現れないため,Ricketts分析を用いる施設が多い.日本人OSAS患者は,下顎後退や小下顎症があり,Long faceの傾向が認められる.
軟組織…問題が生じているのは,この部分なので軟組織の分析はきわめて重要である.OSASのない正常者は,軟口蓋の幅はうすく,気道径は広い.OSAS患者は,軟口蓋が厚くて,長い.舌が大きい.気道径が狭い(図2)

図2.いびきやOSASのない正常者(左)とOSAS患者(右)のセファログラム

 正常者の軟口蓋の幅は薄く,気道径が広い.OSAS患者は軟口蓋が厚く長く,舌が大きく,気道径が狭い.

 

 



 

(2)不正咬合分類
 セファロは側方からだけの二次元的評価であり,これでは,日本人の特徴が十分にとらえきれない.そこで筆者はOSASの顎顔面の診断には,三次元評価が必要と考え,その目的で歯牙模型分析を試みた.1994年から1999年までに,当院に来院したいびき症21名とOSAS患者100名を日本人一般と比較したもので,顔面骨格で明らかな相違がみられた.

図3.不正噴合の出現頻度


セファロ分析と歯牙模型分析の両方の結果,硬組織では,上顎前突症と過蓋咬合(図3,図4)が多いとの特徴が明らかとなった.この中に下顎後退や小下顎症が含まれる.顕著な相違は,軟組織にある.上気道の解剖学的形態は,軟口蓋が長い・厚い,舌が大きい,上気道径が狭窄しているという特徴がみられた.

 

 

図4.上顎前突と過蓋咬合
 

2.いびき症やOSASの歯科治療

(1)保存的治療法:スプリント
(2)歯科矯正治療法
(3)外科的治療法(歯科・口腔外科分野)…日本で
は,症例が少ない.
 1)下顎骨前進術
  2)上下顎前進術
  3)舌骨前進術
(4)その他・‥補綴治療など

(1)保存的治療法 スプリント
 下顎あるいは舌を前方に位置づけることにより,気道を確保するという考え方は,古くから麻酔学あるいは歯科矯正学においては臨床応用されてきた.1902年Pierre Robin Syndromeの上気道閉塞にたいし,スプリントを使用したのが最初の試みである.1990年代SDDS(Sleep Disorders Dental Society)の会員を中心に,いびきやOSASに対し,様々なスプリントが応用されている.

スプリントの種類
(1)下顎を前方に位置づけるもの
   上下接着タイプ
   上下分離タイプ
(2)舌を前方にだすもの

スプリントの利点
(1)簡便である.持ち運びに便利なので,旅行や出張時に良い.
(2)外気が自然に体内に入る.
(3)安価である.

スプリントの欠点
(1)違和感がある.
(2)顎関節症が出現することがある.
(3)効果がCPAPと比べ劣る.


図5.スリープ・スプリント




自験例からみたスプリントによる歯科治療の考え方

 筆者が使用しているスプリントは,下顎前方位型の上下接着タイプのスプリント(図5)である.顎関節症や義歯などのため上下接着タイプが適応とならない症例には,上下分離型のタイプを使用する.
 その理由は,下顎前方位型の上下接着タイプが,□呼吸→鼻呼吸というように,呼吸様式を変えることに寄与する点である.私がいびき症やOSAS患者に対して,最も重要な問題としてとらえていることは,鼻呼吸にさせるということである.したがって,鼻閉がひどい場合は,耳鼻科へ対診し,鼻呼吸が可能となるよう,鼻粘膜などの治療を依頼している.


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