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いびき症やOSAS患者は開口睡眠・口呼吸の人が多い
図6.鼻呼吸,いびき,無呼吸の際の気道
いびき症やOSAS患者を診療していると,多くの場合,仰臥位で開口睡眠をしている(図6).ほとんど家族歴があり,長い間いびきをかいたあとで,肥ったり,年令が増して,筋肉の力がおとろえゆるみが生じOSASを発症している.また,アルコールや睡眠薬の影響もあり,女性では閉経後に急に増加してくる.OSAS患者に立位あるいは座位で開口してもらうと,舌尖は下顎前歯に接しているのに,仰臥位で開口してもらうと,下顎前歯から舌尖は約25〜30mm沈下することが多い.
また,立位のセファロでしばしば低位舌の状態が観察される.(図2)
私が日常診療に用いているやや珍しい撮影法に仰臥位セファロがある.(図7)硫酸バリウムのうがいと,この仰臥位セファロの組み合わせにより,この開口での口呼吸時に舌根沈下と気道の狭窄が出現し,増悪するということが,非常に明瞭になる.中心咬合位では上気道が確保されているのが,開口すると舌根沈下し,軟口蓋部を圧迫し上気道が狭窄しているのがよくわかる.
図7.仰臥位セファログラム
閉口(左),開口(中),スプリント装着時(右)
自然睡眠下でのMRIの検査により,OSASの主な閉塞部位は,軟口蓋部が50%,軟口蓋部+舌根部が50%といわれている.軟口蓋は舌と隣接しているため,閉塞部位は軟口蓋部だとしても,舌根沈下がこの閉塞に関与していることは明らかである.Harperらによると,オトガイ舌筋は覚醒時に舌根沈下を防ぐ筋として機能するが,逆に睡眠時には,オトガイ舌筋の筋活動が消失あるいは減弱し,そのため気道抵抗が増強すると報告している.
OSAS患者は,上顎前突症と過蓋咬合(図4)が多いと前述した.上顎前突症でoverjet>6.0mmの場合には,上下前歯の歯牙のために,睡眠時の口唇閉鎖が困難となり,開口し口呼吸にならざるを得ない.また,過蓋咬合の場合は,下顎が後退していることと深いかみ合わせのために,舌房が狭くなり,舌が後方に押し込められ,舌根沈下を増強させることになる.
睡眠時のスプリント装着によって,下顎を前方に位置させることになる.したがって,口唇閉鎖が可能となり,また下顎を前下方に移動させるため,口腔内容積を増大させることになり,下顎に付着している舌も前方移動し,あるいは挙上させることが可能となる.こうした口腔内の変化・改善と同時に,ほとんどの場合は鼻呼吸ができるようになり,上気道は拡大される.小野らの報告にもあるように,下顎を前方に移動するとオトガイ舌筋の筋活動は増大し,上気道を開大しOSASを改善することに寄与する.スプリント装着前後のPSG結果(図8)を示す.
上顎前突症や過蓋咬合の場合は,スプリント治療の適応症である.重症のOSASでスプリントが有効な例は,このようなケースが多い.
図8.スプリント装着前後のPSG
日本人OSAS患者においてスプリント治療が有効な理由
@日本人OSAS患者の肥満度が軽度であること A日本人OSAS患者のAHIなどの重症度が軽度か ら中等度が多いこと B習慣性口呼吸の人が多く− スプリント装着によ り,鼻呼吸へと睡眠時の呼吸様式が変化するこ とで,軽減したり治癒する患者がいること C上顎前突症や過蓋口交合が多く,睡眠時の上顎― 下顎関係をスプリントにより改善できること |
スプリントにより下顎を前方に保持したとしても,舌は動いてしまい,舌根沈下を起こしている場合がある.この場合は,効果がほとんどないか,きわめて弱いことになる.このような時は,舌挙上の筋訓練(MFT)や口唇力を強くする方法(バタカラ)を施行している.
スプリントで下顎を前方に位置づけたとしても,せいぜい5〜6mmである.この前方移動距離では,軟口蓋や舌が大きく,上気道の狭窄が著しい人の気道を確保することには,限界があるといえる.
3.いびき・無呼吸に対する歯科治療の展望
いびきやOSAS患者を診療していると,ほとんど家族歴があり,長い間いびきをかいたあとで,OSASを発症している.また多くの患者が習慣性の開口睡眠・口呼吸をしている.仰臥位で開口し,舌根沈下がおき,自分で首をしめながら,寝ている状態になるのである.口呼吸を鼻呼吸に変えることが非常に重要である.マウステープで簡単に呼吸法が改善できる患者がいるので試す価値はある.また,枕の高さや横向きの就寝も大事である.
いびき症とOSASの違いは,軟口蓋の厚さの違いであり,骨格や咬合は互いに類似していた.このことから,毎晩ひどいいびきをかいて軟口蓋が振動していると,さらに軟口蓋が分厚くなってくると考えられる.軟口蓋が分厚くなり,OSASの発症へと至るのである.ほかにも肥満の重症化などの要因があることも事実である.ともあれ,いびきを治すことは,OSASを予防することにつながると思われる.
NCPAPがなかなか使用できず(騒音やエアーの不快さ,わずらわしさ,陽圧による乾燥・不快感など),NCPAPなしで,根治する治療法を求めて来院される患者がいる.こうした事態に至る前に,できれば成長期のうちに,上顎前突症・過蓋咬合・小下顎症・下顎後退などの顎額面の異常をチェックし,歯科矯正治療で骨格的に改善するならば,いびき症やOSASの生涯の予防に寄与する可能性が開けつつある.
おわりに
いびきやOSASは多様な原因・病態があるために,診断・治療をすすめていくうえで,内科・精神科・小児科・耳鼻科・歯科などが連携しあう集学的医療が必要である.
私は現在,愛知医科大学・耳鼻咽喉科の非常勤講師となり,いびき外来を担当させていただき,研究・臨床に取り組んでいる.愛知県は日本の中でも,睡眠研究が盛んで,スリープセンターも多く設置され,各医療機関と連携をとりながら,睡眠医療をすすめている.
1998年4月のNCPAPの健康保険導入に伴い,日本の各地でスリープ・センターの施設ができ研究や臨床が盛んになり,また,マスコミでも盛んにいびきや無呼吸が取り上げられてきた.OSASにおける歯科医療が重要視され,必要になっているにもかかわらず,取り組んでいる施設や歯科医は依然としてきわめて少ない.2003年10月25日に,日本睡眠学会の支援のもと,日本睡眠歯科認定医7名(筆者はその1名)が担当し,日本睡眠歯科医療研究会を設立した.2004年6月30日に,第2回日本睡眠歯科医療研究会が開催される予定である.多くの歯科医師の参画を期待したい.今後,医科との連携をとりながら,集学的医療の一貫として,睡眠歯科医療をすすめていきたいと思う.
参考文献
@宮尾 悦子:口腔内装置(スプリント)を用いたい
びきと睡眠時無呼吸症候群の治療
日本歯科評論 727:169−178,2003・
A宮尾 悦子:口腔内装置(スプリント)を用いたい
びきと睡眠時無呼吸症候群の治療
目本歯科評論 729:161−172,2003.
B宮尾 悦子:SASと不正校合
日本歯科評論 別冊:128−133,2004.