研究講座
できるだけ削らない治療法
「最小侵襲療法」@
MI(Minimal lntervention Dentistry)
静岡県三島市開業
菊地 誠
はじめに
ちまたでは,日本経済の低迷,低成長の中,医療改革の名の下に私たち歯科医は不安を抱え日々の診療を行っています.そしていま,各雑誌においてのトピックスはカリオロジーや予防,PMTCといったものです.
確かに今までの「削って詰めて請求する」医療の反省を元に,考えの変遷や機材の変化が新たな歯科医療像を造り出しているのかもしれません.まだまだ,いろいろな問題点があるとは思いますが,今回は開業医として日常の診療に取り組みながら考え試行錯誤しながら取り組んできた診療の中でのMIを書いてみたいと思います.
Ml誕生の背景
この言葉が最初に出てきたのは医科の手術が成功しても術後の合併症で患者の具合が悪くなることがあることから,外科医が患者に対して行う処置や治療が身体へ及ぽす侵襲を考え直そうという反省から生まれたものです.たとえば,今まで開腹手術で行ったことを内視鏡下での手術となることにより,侵襲度の軽減,術後の回復が早く,ひいては医療費の削減になるということです.
一方歯科では「歯の治療は削って詰めれば治る」という考えが根底から覆され,削って詰めても治らないのであれば、なるべく削らない,切削するときはなるべく侵襲度を低くしようという考えを持つのが当たり前かもしれません.しかし,MI(最小侵襲療法)とは単純に削りすぎを反省し,金属の修復補綴を接着材料に置き換えるだけのダウンサイジング医療でしょうか.組織が再生する医科におけるMIと一度欠損が起きたら組織修復が起こらない歯科におけるMIとちょっと趣が違うかもしれません.このことについては後で触れます.また,MIの考えは外科や矯正,補綴,インプラントなど広く適用できますが今回は主にう蝕についてのMIと考えてください.
なぜMIなのか
私は1993年に開業致しました.卒後3年という未熟な状況ながら自分なりに親切丁寧に来院者の信頼を得ることができるように診察をしていたつもりでしたが,ところが帰ってくる来院者の歯科に対する不平不満の声は「削られた」「抜かれた」「とられた」「治したはずなのに」と期待したものと全く違うものでした.実際の診療もいわゆる不良補綴物の除去 再根菅治療,などの「やり直しの医療」を来る日も来る日も繰り返し,一方では来院者の個々の状況を考えないホームケアを一方的に押しつけていた日々でした.今考えると来院者も歯科医も繰り返し治療を受けた後の不自由さに耐えながら疲労していたように感じます.それは一度発症したら治癒することなく進行し微細なう窩も漏らさず発見し早期に精密な治療をすることに力を注ぎ,その一方でいつまでも二次う蝕におびえる日々でした.
歯科医療の特異性
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そこには,なぜう蝕が生じたのかという視点が足りなかったのではないかと思います.そのような疑問や違和感を抱えながら診療をしているなか出会ったのがいわゆる「クリニカルカリオロジー」です.そしてこのような状況からの脱出が始まりました。
また海外からも,2000年にFDIが提唱したMIを知り新鮮な印象を受け,今まで受けた歯科教育に基づく診療をもう一度考え直すきっかけとなりました.
MIの考えの基本
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Mlの「EQ」,Mlの「lQ」
いわゆるMIをすすめる上で大事なことが大きく分けて二つあります.すなわち治療には知性や知識と同時に感性や人間との関わりに対しての知識を持つことが大事だと思うからです.それをもって歯科医療としてまた人として「どの様に介入していくか」または「あえて介入しないか」ということを考えます。この人間関係には患者や歯科衛生土 歯科技工士,取引先などのコ・デンクルスタッフを含みます. 今回は主にMIの「IQ」つまり具体的な技術や知識についてお書きします.そのベーシックな部分に「カリオロジー」と「接着学」の知識は欠かせません.
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カリオロジー(う蝕についての成り立ちの理解)
唾液の浄化作用,脱灰,再石灰化を理解し.ライフサイクルにおける歯質の管理 つまり乳歯 幼弱永久歯,永久歯のエナメル質,根面のクリティカルpHが異なるということをふまえた診断学. 事後処置型の「う窩を削って詰めるその後再発し再修復」という悪循環のサイクルから抜けだし,う蝕という疾患そのものプロセスをコントロールし発症や再発させないためにも是非必要な知識です.
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接着歯学(優れた材料の開発)
ひとたびエナメル質を失って象牙質があらわになった場合は人工エナメル質として含浸樹脂層を作るシールドレストレーションが擬似的な治癒と言うべき上皮の再生にたとえることができます.防湿や基本的な術式に乗っ取って診療することが大事と思われます.
エナメル質 死せる組織 |
象牙質 生きた組織 |
上皮 保護(象牙質・歯髄) 不透過性 耐酸性 |
間葉性 保護される 刺激透過性 酸に弱い |
再生可能 | 自己治癒能力がない |
MIの「lQ」
EBMに対しNBMともいわれますが患者が期待しているものと歯科医師が提供していた医療とのすれ違いを感じることも多いかと思います.歯科医がまじめに治療したと思っているものが結果として患者利益につながっていない部分があったかもしれません.施しの医療ではなくプロのサポーターとしての医療が必要とされていると思います.
臨床の流れ
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次に実際の臨床の手順について考えてみます.
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1.診査・診断には目に見えるものや数値化できるものと目で見えないものがあると思います.臨床的カリオロジーに基づく医療というと検査データ的なものが強調されますが,いわゆるリスク因子にはデータにできないものも多く存在すると思います.数値化できるものはデータベース化し,それ以外も初診時のみだけでなく継続的な患者とのおつき合いの中で嗅ぎ取り,感じるチャンスを多く作る必要があります.唾液検査もその意義について賛否両論があるかと思いますが,体温計や尿検査がMRlやCTがある現在も行われていることを考えるとさらに精度が高く有益な検査法ができても,簡便さ,侵襲度,コストなどの観点からも必要に思われます.最近はDIAGNOdentなどの応用が取り上げられていますが,計測数値だけを画一的に判断基準にするのではなくレントゲンや視診と複数の方法でチェックし,患者個人のリスクや部仏その診療所のサポート能力に応じて判断する必要があります.
また,視診においても各種の拡大鏡を応用が病変が直視できるという歯科においては非常に有効です.さらに問題点として,いまだ初期う蝕の診断法の確立されていないこと,隣接面の診査診断が難しいことがあげられます.