症状にあわせたTBIA


サンスター歯科保健振興財団千里歯科診療所

          歯科衛生士 加茂聡子


 前回は,TBIを行ううえでの心構えについて述べました.第二回は歯ブラシの持つ特性について確認し,私が臨床で行っている歯ブラシの選択・指導方法について紹介します.

 VOL.2 歯ブラシの選択と使用方法

患者さんの常識

 歯磨き指導は,なぜ必要なのでしょうか?ほとんどの患者さんは毎日「歯磨き」をしています.しかし,歯を磨いている=磨けていると誤解されている患者さんは多くいます.患者さんのご自身の口腔内への関心の程度は実に様々ですが,歯磨きに対する正しい知識を持ち合わせていないことがほとんどです.患者さんの「歯磨き」に関する知識は私たちが考えるほど高くありません.
 ひとつの例が患者さんの歯ブラシ選びです.歯磨き指導の際に患者さんが持ってきた歯ブラシに驚かされることはしばしばあります.ある時,豚毛の歯ブラシを持ってこられる患者さんがいました.豚毛のような動物毛は,毛の硬さ(腰)が均等でなく,ヘッドも大きいのであまりお勧めできないと説朋したのですが,「歯周病には豚毛歯ブラシがいい」と信じていて,今も使い続けています.
 半年以上は交換していない不衛生な歯ブラシや,いつから使用し続けているのかわからないような毛のなくなった歯間ブラシなどをもってきた患者さんもいました.しかし,歯磨き指導を受けたことのない患者さんにとっては,歯ブラシの選び方も使い方もご存知ないのですから無理もありません.どんな歯ブラシを持ってきてもむやみに驚いたり,笑ったりして,患者さんを傷つけないような配慮が必要です.豚毛の歯ブラシの例にみるように患者さんの常識は私たちの常識とは違うということを,私たちの常識としなければいけません.


主要歯ブラシの紹介

 私の指導でよく選択する歯ブラシを紹介します.
GUM♯3C

 特徴は毛先の加工で,超・先端極細毛.毛の硬さは〔ふつう〕.1本1本の毛の先には3本の極細毛があり,除去効率が高く歯肉への当たりもソフトで使用感がよい歯ブラシです.歯肉炎から健康な歯肉の方まで幅広く使用しています.
プロクトS3−M

 毛の硬さの表示は〔かため〕ですがふつうの硬さに比較的近く,毛先がラウンド加工になっており歯肉に傷をつけにくい工夫がされています.〔かため〕の歯ブラシは歯ブラシの毛先を使う磨き方では歯肉に傷をつけやすいため,お勧めしていませんが,どうしても〔かため〕を好む患者さんにはプロクトS3−Mを選んでいます.
プロクトRS−S/R S−M

 同じ形状で,RS−S〔やわらかめ〕とRS−M〔ふつう〕の2種類の毛の硬さがあり,毛先はどちらもバス法に適したテーバード加工になっています.RS−S〔やわらかめ〕は歯肉に炎症のある時期やパワーブラッシングの患者さんの圧のコントロール時によく使用します.RS−Sで炎症が軽減してきてからRS−Mに交換するとスムーズに移行できるのが便利です.
♯233スーパーウルトラソフト

その名のとおり超軟毛歯ブラシです.歯肉の炎症の強い時期や,手術後など歯肉へのブラッシングの刺激を避けたい時期に使用します.プラーク除去効率が低いため,基本的に常用はしません.


歯ブラシの選択・指導のポイント(症例1)

 臨床の症例を紹介します.
 患者さんは20代前半の男性です.清掃不良による歯肉炎の症例です.歯内縁上の歯石沈着も認めました.朝と夜の一日二回の歯磨き習慣があり,自分では歯肉炎であるとは思っていませんでしたが,ときどき歯磨き時に出血するとの自覚症状がありました.
 まず自覚症状のあった歯肉からの出皿についての説明から行いました.鏡を手にしてもらい,歯肉の発赤・腫脹のある部位を指摘し,患者さんが痛みを感じない程度にプローベなどで歯肉にふれ,出血するところを実際に目で見てもらいます.さらに歯頸部に残存しているプラークを指摘します.歯肉に炎症があるときには簡単に出血しやすく,それは磨き残しているプラークが原因であることを見て確認してもらうわけです.
 この患者さんはこれまで,歯肉からの出血が悪いものと思いこみ,出皿したら磨かないようにしていた,とのことでした.出血があっても痛みがない限りは積極的に磨いても問題がないことを説明しました.またこの患者さんには一日二回の歯磨き習慣が身についていたため,歯肉炎の治療・予防には一日一回.しっかり丁寧に磨くことで十分であることをお伝えし,朝はエチケット程度,夜は寝る前にしっかり予防のための歯磨きを意識するように話をしました.


    初診時      指導後1カ月


 歯ブラシの選択ですが,この時点では,歯ブラシが歯肉にあたると痛みを感じたため,歯ブラシは〔やわらかめ〕のRS−Sを選択しました.歯ブラシの毛先は歯面に直角に当て,特に炎症の強い歯間乳頭部に直接歯ブラシを当てないように,歯ブラシを縦にして歯を1本ずつ磨くように指導を行いました.2週間目で来院したときには歯肉の炎症は軽減し,歯頚部のプラーク付着はほとんど認められないようになりました.前歯部の歯肉の形状が変化してきたことや,色調の改善に患者さん白身が気付かれていました.ブラッシング時の出血もほとんどなくなったとのことでした.ここで歯石除去を行い,歯肉のマッサージ効果を高めるため同じ歯ブラシで,磨き方をバス法に変更しました.
さらに2週間後には,歯肉は引き締まり,出血も認められなくなりました.ここまで回復すると,歯ブラシを除去効率がよい〔ふつう〕のかたさのRS−Mに変更しました.歯磨き方法は同様にバス法を選択しました.歯磨き指導をせずに歯石除去をしても,ある程度歯肉は改善しますが,ブラッシングでも痛みを感じている最初の段階で歯石を除去することは,患者さんの苦痛が大きい上に,歯肉炎が適切な歯磨きで治せるという実感を希薄にしてしまいます.できれば,ブラッシングである程度の改善が認められるまでは,歯石除去は行わないほうが効果的だと考えています.


歯ブラシの選択・指導のポイント(症例2)

 歯ブラシの選択がいかに重要であるかを実感できた症例を紹介します.

 

初診時



歯ブラシ
交換後1週間

 患者さんは60代の男性で,右上2番の歯肉辺縁に著名な炎症を認めます.この原因は,2番の歯頚部が歯肉辺緑のラインから外れていることが考えられます(写真1).実際に患者さんに歯ブラシを当てて磨いてもらったところ,やはり,右上2の歯頸部には歯ブラシが当たっていません.さらにブラッシング方法は大きな横ストロークで,ゴシゴシ磨いていたようです.
   

写真1


 持参していただいた歯ブラシは,コンパクトタイプの歯ブラシで,毛の硬さは〔かため〕でした.歯ブラシの交換をお勧めしたのですが,「家にたくさん買い置きがあるから買わない」と購入を拒まれました.仕方なく,右上2番の炎症を確認してもらい,その原画を説明して,痛みを感じない程度に,歯ブラシのつま先部分で歯頸部まで磨くようにと指導を行いました.指導後1カ月して来院されたときには残念ながら歯肉にはまったく変化がありませんでした.しかし,患者さん自身には大きな変化がありました.患者さんの方から「歯ブラシを選んで欲しい」とのコメントをいただいたのです.おそらく患者さん自身が,「かための歯ブラシでは磨けない」,と実感されたのではないかと思います.そこで,GUM#3Cを選択しました.理由は使用中の歯ブラシとヘッドの大きさが同じくらいなので馴染みやすいであろうことと,毛の硬さは〔ふつう〕ですが,毛先の加工により歯肉への当たりがソフトであるため炎症を起こしている歯肉にも歯ブラシの毛先をあてられると考えたからです.歯ブラシを♯3Cに変更後,1週間でかなりの改善が認められました.
 歯ブラシに対する患者さんの評判は上々で,「あの歯ブラシええわ」と喜んでくれました.今となってみれば,最初の段階で無理にでも歯ブラシを交換していただいたほうが近道だったかもしれません.しかし患者さんご自身に納得してもらわなければ,買ってもらっても使ってもらったかどうかは不明です.この症例の場合 歯ブラシの交換後に,ご自身で歯肉の改善が観察できたこと,交換した歯ブラシを使用しても歯磨き時に痛みがなかったことが,歯ブラシの効果として実感でき,モチベーションの向上につながったのだと思います.一刻を争うことでなければ,患者さんの都合やペースに合わせて待ってみるのもひとつの方法かもしれません.


まとめ

 歯磨き指導では,ついつい歯肉の炎症や歯石の存在などに気をとられ,疾患を治すことだけに気をとられ,その結果,歯磨き指導もこちらからの一方的な指導になりがちです.どんな状況でも患者さんの意見を尊重して,聴く姿勢.待つ姿勢を保つことが大切ではないかと考えています.患者さんを理解することなしに患者さんからの信頼は得られませんし,どんなに熱心な説得よりも患者さん自身が気付き.実感できるようにすすめていくことが,歯磨き指導の成功につながることと考えています.

<< 続く >>