研究講座

外傷歯の歯科治療A

 

 大阪大学大学院歯学研究科小児歯科学教室教授

                大嶋 隆

 今回の研究講座では,前回に続いて,エリスの分類の6−8級の外傷についての特徴とその治療法とともに,乳歯外傷の後継永久歯への影響について概説する.

7)歯根破折を伴う外傷(工リスの分類:6級)

 歯根の完成後に発生することが多く,乳歯では3−4才頃,永久歯では11−20才頃に多発する.歯槽骨の破折など他の外傷に随伴することが多く,一般には,わずかに挺出し口蓋側に転位する.破折線とレントゲン照射角度が一致したときのみ,レントゲンに破折像が認められる.

 a)歯根破折を伴う外傷の治療

 破折部位(歯頚部1/3とそれより根尖側)により処置が異なる.

1)歯頚部1/3の破折

・乳歯では抜歯する.

・永久歯では外科的に破折歯根側を挺出させる.

 @歯冠側の破折片を除去するA抜髄し,根管充填する.B残存歯根を外科的に歯頚部まで挺出させる.C固定する(3〜4週間).D歯冠修復する.

・固定後,稀に歯根吸収をきたすことがある.

2)中央部1/3あるいは根尖部1/3の破折

・乳歯では,転位や動揺の激しい場合には抜歯.

・動揺が少なく,処置できる年齢であれば,整復固定して(2−3月)観察する.

・永久歯では,転位があれば整復し,1−2月間固定する.

・定期的にレントゲン診査し,動揺と歯髄の診断を行なう.

・失活すれば,歯根側歯髄はバイタルのことが多いため,歯冠側のみの根管治療を行なう.

・根尖部の歯髄が失活すれば,外科的に除去する.

 b)歯根破折の治癒形態

 歯根破折の治癒は,歯髄側と歯根膜側のそれぞれで独立して起こる.

 @石灰化組織による治癒:歯髄側は象牙質,歯根膜側にはセメント質が形成されて治癒する.レントゲン像では破折線が不明瞭になり,破折部隅角が丸くなる.

破折線付近の歯根側歯髄の狭窄が認められる.感染がなく血液供給が正常で破折時の障害が小さい時に起こる.臨床的には動揺も打診痛も無くなる.

 A結合組織が介在する治癒:破折時に転位をきたし,硬組織の再生が起こる前に破折部に血管が入り,結合組織が造成されたために起こる.破折片間に結合組織が介在するもので,レントゲン像では破折片が円滑になり,破折間に明瞭な透過像が認められる.歯冠側,歯根側の双方に歯髄狭窄が認められることがある.臨床的には動揺も打診痛も無くなる.

 B骨・および結合組繊が介在する治癒:破折片問に骨と結合組織が介在するもので,この治癒形態はAの形態で治癒したものが歯槽骨の成長により認められるよ

うになったものである.レントゲン像では,骨性のブリッジが破折片間に存在する.臨床的には動揺も打診痛も無くなる.

 C肉芽組織が介在する治癒:破折片間に肉芽組織が介在するもので,一般的には歯冠側歯髄は失活しているが歯根側はバイタルのことが多い.しばしば破折線と歯肉溝とは交通し,感染源となる.臨床的には歯牙は動揺し,打診痛が認められる.破折線に相当する部位にフイステルを形成する.

8)外傷による歯の転位(工リスの分類:7級)

 永久歯では全外傷の15−40%,乳歯では60−70%を占め,乳歯では陥入が多い.これは乳切歯が常に口唇に覆われ,歯軸が垂直に近い上に,歯槽骨が脆弱なためである.歯の転位は,@震蓋:歯牙の動揺や転位はなく,打診痛のみ認められるもの,A亜脱臼:歯牙の動揺や打診病はあるものの,転位は認められないもの,B陥入:歯牙の歯槽骨梁部への転位で,歯槽曽の破折を伴う,C挺出:歯槽骨窩からの歯牙の歯軸方向への脱臼,D側方転位:歯の歯軸方向以外の転位で歯槽骨の破折を伴う,に分けられる.

 a)震盪,亜脱臼の処置

・観察,あるいは対合歯の切端を削合して,定期的に診査する.

 b)挺出の処置

・整復,固定(2−3週)(表1)し,定期的に診査する.

 表1.光重合レジンを用いた外傷歯の固定

1)ワイアーをレジンに沿って屈曲する

2)歯牙の唇面を清掃する

3)唇面を酸処理する

4)ボンデイング剤を塗布後,歯面上にレジンを置く

5)ワイアーをレジンの上から歯面に置く

6)光重合させる

7)不足している部分にレジンを盛り,光重合する

8)硬化後,槻面を滑らかにする

 c)側方転位の処置

・歯の整復と共に,唇側歯槽骨破折も指圧で整復する.

・固定(約1月)後,定期的に診査する.

・乳歯で治療が難しいようであれば,抜歯する.

 d)陥入歯の処置

・乳歯では,多くの場合自然萌出するため観察する.

 @レントゲン診査し,永久歯胚を傷つけている場合は抜歯.A抗生物質を投与して観察.B1週間後,歯肉の発赤と腫脹が消突しないときには抜歯.C6〜8週間観察して乳歯が元の位置に再萌出するのを待つ.

D元の付置にもどってから根管治療.

・永久歯では自然萌出することはないため,整復,固定する.

@鉗子を用いて整復する.A難しければ外科的に抜歯後,再植する.B6週間ほど固定し,その問変色するようであれば根管治療.Cスプリントの除去後,定期的に診査する.

 e)転位歯の予後

@歯髄壊死

脱臼した外傷歯の15−59%に認められ,歯根完成歯で陥りやすい.多くは軽症状で進行し,打診痛・動揺・歯牙着色をきたす.

A歯髄狭窄

 脱臼した外傷歯の6−35%に認められる,挺出や外側転位の外傷で,根尖未完成歯で起こりやすい.歯髄狭窄をきたすと,歯冠の黄変・歯髄反応の陰性化が認められる.

B歯根の外部吸収

 脱臼した永久歯の18%に認められ,陥入した永久歯で多い.再植歯と同じく表面吸収,置換性吸収および炎症性吸収に分けられる.

C歯根の内部吸収

 転位した永久歯の約2%に認められ,置換性内部吸(歯髄組織が海綿様骨に置き換わり,レントゲンでは歯髄腔の不規則な拡大像として認められる)と炎症性内部吸収(歯髄組織が象牙質壁を吸収する肉芽組織に置き換わったもので,歯髄腔が卵型に拡大するレントゲン像が認められる)がある.

D歯槽骨の吸収

 陥入や外側転位の後遺症として現われることが多く,脱臼を伴う外傷の5−24%に認められる.臨床的には,歯肉溝部への肉芽組織の出現とポケットからの排膿により知れる.

9)歯冠・歯根破折(工リスの分類:8級)

 発生頻度は乳歯で2%,永久歯で5%と低い.一般に破折線は唇面歯頚部1−2mmで始まり,斜め下方に走って歯根舌側部に至る.最も不潔な歯頚部を通るため,予後は不良である.

 a)治療

・乳歯では抜歯.

・永久歯では歯頸部1/3の歯根破折と同じ処置となる.

・破折が歯根深部まで及んでいる時は抜歯.

・破祈歯冠部と歯根部を共に抜歯できた場合には, @抜歯,A歯髄を除去し,根尖側にビタペックス根充する,B破折面および破折線より歯冠側の髄腔内を接着性レジンで満たし,破折歯片を接着する,C再植・固定という,意図的再植も有効な治療法となる可能性がある.

10)外傷歯の予後

 処置の終了した外傷歯は,歯の色調と動揺に注意して,定期的に診査する必要がある.

1)歯の色調

 a)黄色変化:歯髄狭窄を示す.乳歯の場合,晩期残存して,永久歯の異所萌出を引き起こすことがある

 b)茶褐色変化:歯髄壊死に伴う出皿による血球成分の象牙細管内への沈看を示す.しかし幼弱永久歯では,外傷後灰褐色に変化したものが元にもどることがある.一度の診査で歯髄壊死と診断してはならない.外傷後しだいに蓄色が強くなるときは,根管治療が必要となる.

 c)ピンクスポット:内部吸収が歯冠部に現われたもので,根管治療が必要である.

2)歯の動揺

・歯の動揺は歯根膜の炎症を示し,レントゲン診査が必要となる.

・動揺がほとんど無く,金属性の打診音がするとき 骨癒着を意味する.成長期の永久歯が骨癒着を起こすと,いわゆる低位歯となる.

11)乳歯の外傷が後継永久歯に及ほす影響

 乳歯への外傷はその後継永久歯に12−69%の頻度で後遺症を残す.乳歯での受傷年令が低い程,また外傷が重度であるほど,後遺症の発生頻度は高い.

1)後継永久歯に現われる後遺症

 @エナメル質の着色:唇面エナメル質に認められる白色あるいは茶褐色の着色で,外傷乳歯の後継永久歯の23%に現われる.あらゆる型の乳歯外傷で認められる.

 Aエナメル質の減形成:エナメル質着色部の歯頚部側に現われる水平な狭いエナメル質減形成で,約12%に認められる.2歳頃に,挺出・完全脱臼あるいは陥入の外傷を受けたときに多い.

 B歯冠重複:乳歯外傷により,形成されつつある永 久歯の歯冠が非歯軸方向に転位することにより起こり3%に認められる.2歳頃に,完全脱臼あるいは陥入を受けたときに多い.

 C歯根形成の停止:2%に認められ,多くの場合,萌出しない.5−7才の子供で,上顎乳切歯が完全脱臼した時に多い.

 D歯牙腫様異形成:歯軸方向に転位した外傷乳歯の作用により,形成中の永久歯が損傷を受け,歯牙腫様の硬組織を形成するもので,稀.3才未満の幼児が,陥入あるいは完全脱臼した時に認められる.

 E歯根彎曲:乳歯外傷により,形成されつつある永久歯の歯冠が非歯軸方向に転位し,歯根の形成方向が変わることにより起こる.歯根が彎曲しているために自然には萌出しない.2−5歳の小児が,乳中切歯の陥入あるいは完全脱臼した時に多い.

 F歯根重複:乳歯外傷が,永久歯の歯根形成部に作用して2根を形成させたもので,稀.永久歯歯根の形成が1/2未満の段階で陥入を受けたとき起こる.

 G歯胚の腐骨化:

 H萌出困難:

 歯牙外傷の治療は時間との闘いといった側面を持っている.このことは予後の良否が最初に施した歯科医の処置にかかっていることを意味している.地域医療に携わる先生こそが外傷の処置に通じていなければな らないことを忘れないで下さい.

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