研究講座
外傷歯の歯科治療@
大阪大学大学院歯学研究科小児歯科学教室教授
大嶋 隆
今回と次回の研究講座では,小児に多発する歯牙外傷について,その治療法と処置を施す上での注意点について概説する.
1.歯牙外傷の原因
小児歯科診療室における外傷患者は,そのほとんどが転倒,転落に起因して来院している.しかしごく稀ではあるが,幼児虐待の被害者が歯牙外傷の治療のために来院することがある.臨床所見と問診内容との間に違和感がみられ,顔面,頭部を中心に全身的な打撲傷がある場合には幼児虐待を疑い,児童相談所に通報しなければならない.
2.歯牙外傷のメカニズム
一般に直接的な外力は前歯部の障害を引き起こし,間接的な力(例えばオトガイ部への外力)は臼歯部の歯冠・歯根破折を,時には顎関節突起の破折をもたらす.外傷の種類・程度は衝撃のエネルギー,弾性,形,方向の4因子により決まる.一般に高速の衝撃は歯牙硬組織に大きな損傷を与え,低い速度の衝撃は支持組織に損傷を与える.また,弾性物による衝撃は脱臼や歯槽骨破折を引き起こしやすい.鋭利な衝撃は歯牙の転位をほとんど起こさずに歯牙破折をもたらし,鈍な衝撃は転位や歯根破折をもたらす.唇側前面からの衝撃に対しては,@歯冠部での水平破折,A歯頚部での水平破折,B歯冠から歯根への斜走破折,およびC歯根の斜走破折,という4種類の歯牙破折が誘発される.
3.外傷歯の診査
1)既往歴
一般的な既往歴に加えて,破傷風ワクチン(3種混合ワクチン)接種の有無や外傷の既往については調べておく必要がある.
2)外傷歴
・受傷の時刻:受傷から処置までの時間が予後に影響する.
・受傷の場所:不潔な場所での受傷には破傷風の予防を考慮.
・受傷の方法:衝撃の方向や大きさから外傷の程度を推測する.
・治療の経過:最初の歯科医院での処置内容を知っておく.
・外傷時の意識不明,記憶喪失,嘔吐,頭痛:脳への損傷を疑い,脳外科を紹介する.
3)口腔診査
a)軟組織の診査
・顔面,口唇,歯肉などの裂傷や挫傷の部位を診査し,顔面骨を触診して骨折の有無を調べる.
・損傷部に埋入した破折片や残渣を取り除く.
・損傷部を清潔にして再診査する.
・裂傷部を縫合する.
裂傷が皮膚組織にまで及ぶときには,瘢痕を生じやすいので専門の外科医に依頼する.
b)硬組織の診査
・歯冠破折の有無,程度を調べる.
エナメル質の亀裂は光照射して調べる.
・露髄の有無,程度を調べる.
自発痛は露髄を意味する.
・歯牙の転位,脱臼を調べる.
・動揺を調べる.
・歯髄反応を調べる.
外傷直後の損傷歯では一時的な知覚異常に陥り,バイタルでも反応しないことがある.しかし,外傷後2週間を経過しても反応がなければ,歯髄変性をきたしている可能性が高い.
・両隣接歯,対合歯の損傷も調べる.
c)レントゲン診査
・両隣接歯,対合歯も一緒に調べる.
・歯根破折の有無と程度の診査.
破折線と]線の照射角度が一致しないとレントゲンに写らないことがある.
・歯槽骨骨折の有無の診査.
・根尖病巣の有無の診査.
d)咬合診査
・咬合障害は歯牙の転位を示し,開口運動時の偏位は顎関節骨折を示す.
4.外傷歯の治療
外傷歯の治療については,エリスの分類にそって説明する(表1).
表1.工リスの分類
1級:エナメル質のみの歯牙破折 2級:象牙質まで及ぶ歯牙破折 3級:露髄を伴う歯牙破折 4級:歯髄死に陥った外傷歯 5級:歯の完全脱臼 6級:歯根破折を伴うもの 7級:外傷による転位 (亜脱臼,陥入,挺出,外側転位など) 8級:歯冠から歯根に及ぶ歯牙破折
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1)歯冠亀裂(工リスの分類には記載されていない)
エナメル質への直接的な衝撃によりエナメル質のみに亀裂を生じたもので,エナメル質-象牙質境を越えることはない.再度の外傷は容易に歯牙破折を誘発する.処置は不要.
2)エナメル質の歯牙破折(工リスの分類:1級)
破折したエナメル質を平滑にする,あるいは接着性レジンを用いて修復する.6−8週後に歯髄の生活力を調べる.予後は良好.
3)象牙質まで及ぶ歯牙破折(工リスの分類:2級)
露出した象牙質を水酸化カルシウム糊剤で覆髄した後,接着性レジンを用いて修復する.破折歯片が保存されている場合には,その歯片を歯に適合させて,接着性レジンを用いて接着する.いずれも6−8週後に歯髄の生活力を調べる.歯髄壊死を引き起こす頻度は低いが,露出した象牙質の面積が広いほど,また露出時間が長いほど予後は悪くなる.
4)露髄を伴う歯牙破折(工リスの分類:3級)
露髄は温熱刺激による痛みや自発痛などで判断できるが,一般には,露髄部の出血により確認される.
a)乳歯の治療
治療の難しい乳幼児では抜歯する.治療の可能な子供では,抜髄・ビタペックス根充後,接着性レジンを用いて修復する.定期的にレントゲン診査を行ない,根尖部の状態を調べる.
b)永久歯の治療
・露髄面が小さく,受傷後数時間以内に処置するときは,水酸化カルシウム糊剤で直接覆髄する.
・根尖が未閉鎖で露髄面が大きいときは,水酸化カルシウム糊剤による断髄を行なう.
・根尖が未閉鎖で歯髄が壊死状態の時には,根尖閉鎖術(アペキシフィケーション)を行なう.
・根尖が閉鎖している時には,抜髄を行なう.
歯髄処置の終了後,接看性レジンを用いて修復する.
定期的にレントゲン診査を行ない,根尖が閉鎖した段階で最終的な根管充填と修復を行なう.幼弱永久歯に対して歯髄処置を施すと,象牙質の形成がその時点で止まる.象牙質層が薄いため,たとえ根尖が成長・閉鎖しても破切しやすく,予後は良好とは言えない.
5)歯髄死に陥った外傷歯(工リスの分類:4級)
外傷時には気づかず,歯が着色した時点で気づいて来院することが多い.
a)乳歯の治療
治療が可能な年齢に達した時に根管治療する.髄腔を開放し,壊死歯髄の除去と生食水による髄腔内洗浄を行った後,ビタペックス根充する.歯髄処置の終了後,接着性レジンを用いて修復する.定期的にレントゲン診査を行ない,脱落まで観察する.
b)永久歯の治療
・根尖が閉鎖した歯に対しては根管治療を行なう.
・根尖が未閉鎖の幼若永久歯に対しては,根尖閉鎖術(アペキシフィケーション)を行なう.歯髄処置の終了後,接看性レジンを用いて修復する.
定期的にレントゲン診査を行ない,根尖が閉鎖した時点で最終的な根管充填と修復を行なう.
6)完全脱臼した外傷歯(工リスの分類:5級)
a)乳歯の治療
再植は行なわず,脱落歯窩の洗浄を行い,治癒後,義歯を作製する.
b)永久歯の治療
受傷2時間以内(できれば20分以内)であれば再植を検討する.それ以上時間が経過していれば,乳歯と同じ処置.
c)受傷20分以内の完全脱臼永久歯の治療
・電話連絡があった場合には,再植処置における時間の重要性を説明する.
・脱落歯を見つけ,冷たいミルクあるいは氷水に浸して来院させる.
・生理食塩水で歯根部を丁寧に洗浄し,目に見える汚れを落とした後,生理食塩水に浸しておく.
・全身的および局所的既往歴を調べる.
・口腔診査を行ない,粘膜,歯肉の損傷および両隣接歯,対合歯の状態を調べる.
・脱落歯に歯根破折がないかを調べる.
・レントゲン診査して歯槽骨の状態を調べる.
・脱落歯窩の血餅を取り除いて再植する.
・5−10分そのままの状態で保持する.
・接着性レジンを用いて固定する.
・再植歯で咬合しないように指示する.
・再植1週間後に,根管治療を始める.
・スプリントの除去後(通常2週間後),定期的にレントゲン診査を行ない,歯根および歯周組織の状態を調べる.
d)受傷後2時間以内の完全脱臼永久歯の治療
基本的には受傷20分以内の処置と同じであるが,20分以上経過した場合には,口腔外で根管治療を行なう.脱落歯を滅菌生理食塩水で湿らせたガーゼに保持し,口腔外で抜髄,洗浄し,水酸化カルシウム糊剤で根充する.根充後,上述の方法で再植し,予後観察する.
e)再植歯の治癒形態
再値歯は次の3形態の吸収像を示して治癒する.
(1)セメント質表面の吸収:歯根表面が吸収された後セメント質が形成され 歯周靭帯も再生されて治癒する.レントゲン像では再植歯の周囲に正常な歯根膜腔が認められる.臨床的には病的所見が認められない.
(2)置換性の吸収:歯根が吸収され,その部分が骨組織に置き変わるもので,歯牙組織は骨組織と癒着している.この癒着は組織学的には再値後2週間ほどで,臨床的には4週間ほどで認められる.再植前に歯根の靭帯を除去したり,長時間乾燥させた状況に置くと,歯根の吸収は進行する.レントゲン像では6−12カ月後に,歯根膜腔の消失と骨と歯牙組織との一体化が認められる.臨床的には,癒着した歯はほとんど動揺せず,打診音も金属性の高い音になる.小児で起こると,いわゆる低位歯になる.
(3)炎症性の吸収:歯根が吸収され,その部分が炎症性の肉芽組織に置き変わるもの.歯根歯髄が治療されずに放置され,感染壊死組織が象牙細管を通じて歯根表面の吸収部に到達すると発生する.象牙細管が太く,セメント質の薄い6-10歳の少年で発生しやすい.
進行は極めて速く,2-3月で全歯根を吸収する.レントゲン像では透過像として現われる.臨床的には,歯牙の動揺と打診痛が認められる.
f)再植歯の予後
再植後ほとんどの歯に何らかの歯根吸収が見られるが,炎症性吸収を引き起こさない再植歯の成功率は70%程度である.その予後は再植するまでの時と再植歯の成熱度に大きく影響される.根尖未閉鎖の幼若永久歯や再植までに時間の要した症例ほどその予後は悪い.