研究講座

う蝕と歯周病の予防的治療D

国立保健医療科学院口腔保健部

花田信弘

バイオフィルムの化学的除去(3DSと薬剤)

■3DSの実施プロトコール

術前細菌検査の値で3DSによる除菌処置が決定したら,プロトコールに従ってPMTCなど機械的方法により極限までバイオフィルム除去を行います.その後ただちにドラッグ・リテーナーで外用塗布剤を歯列へ塗布します.3DS処置当日は砂糖の摂取を控えて頂きます.これは砂糖がMS菌の再定着を促進するためです.ホームケア用歯ブラシは,新しいものと交換し,歯ブラシからのMS菌再感染を防止することも推奨できます.ブラッシング後に,ホームケア専用のゲルなどを1日1回ドラッグ・リテーナーに入れて5分塗布してもらいます.上記除菌処置をおおよそ1週間程度の間隔で2回以上実施し歯科医院での3DSを終了とします.終了日から約2カ月後の術後細菌検査で,基準値以下(MS/総レンサ球菌比率で0.2%,10CFU/ml 以下:BML社の値では,10CFU/tube)を確認して3DSを終了します.図1に示すようにこれを3DS単位(unit)と定義しました.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   図1 3DSの実施プロトコール:DS単位(unit

■3DSの使用薬剤

う蝕と歯周病の予防を目的として歯面に外用剤を短時間塗布する時は,効果を発揮するまでに時間を要する抗生物質などの化学療法剤ではなく即効性のあるヨウ素剤やクロルヘキシジンなどの消毒剤を用いるのが第一選択です.口腔内は唾液が存在するため長時間にわたって薬剤が有効濃度を保つことは難しいと考えられます.ただし,重度歯周炎の治療では歯周ポケットが深く,唾液による希釈が容易には起きず,外用塗布剤の使用が可能です.外用剤の選択にあたっては,即効性のある消毒剤(ヨウ素剤,イソプロピルメチルフェノール,クロルヘキシジンなど)あるいは安全性の高いペリオフールなどの抗生物質を選択することになります.安全性を重視して抗生物質を選択した場合は,長時間(就寝中のトレー装着など)の塗布が必要です.

殺菌・消毒剤:微生物を完全に殺滅することを「殺菌」といい,そのための薬物を「殺菌剤」といいます.病原微生物を対象にして殺滅することを消毒といい,そのため薬品を「消毒剤(Disinfectant)」といいます.生体に使用する消毒剤は抗生物質・化学療法剤と違い,数秒で薬物効果を現しますが,微生物と宿主の両方に薬剤が作用するため,生体への外用塗布は健全な生体部位に限定され,炎症のある歯肉面の使用ではアナフィラキシーショックなどの副作用が起きる危険性があることを考慮しなければなりません.歯科医師が自分の患者のために適用外使用することには問題はありませんが,副作用には十分注意する必要があります.DSの実施にあたりクロルへキシジン,ヨードに対する過敏症には,術前の問診などを実施して注意を怠ってはなりません.問診では,アトピーの既往,薬剤,食品に対するアレルギーの有無,(ポビドンヨードでは,昆布に対するアレルギー)などを確認しておくことが必要でしょう.極めて重篤なアナフィラキシーショックは,薬剤の反復感作によっても起こり得ます.以前の使用時に症状が出現しなくても,突然出現する事が有りますので,救急薬品等は常備しておくことが大切です.

DSで使用できる外用塗布剤としては,ヨウ素剤(ポビドン・ヨード,ヨード・グリセリン),イソプロピルメチルフェノール,クロルヘキシジンのほかに,オキシドール(酸化物),アクリノール(色素製剤),塩化ベンゼトニウム(界面活性剤),塩化ベンザルコニウム(界面活性剤)などがあります.

抗生物質などの化学療法剤は,生体に投与しても,生体にあまり害を与えず,病原微生物の増殖を抑えます.化学療法剤は宿主である動物細胞と微生物細胞の間の構造や機能の相違に基づいて合成されているので安全性に優れていますが,その選択毒性が発揮されるまでには,病原微生物の代謝や増殖のための時間が必要で,殺菌剤,消毒剤のように即効性はありません.化学療法剤はヒト細胞に対する為害作用が少なく,安全面では有利ですが,根尖病巣や歯面バイオフィルム中の細菌の多くは仮死状態になって代謝を止めており,

 化学療法剤が最も効きにくい状態であることに注意しなければなりません.

 

■ドラッグ・リテーナー

ドラッグ.リテーナーは薬剤が口腔内に拡散したり,唾液で薄められないよう歯面に塗布する装置です.これは,薬剤による除菌の対象である歯列を完全に覆い薬剤濃度,作用時間などの条件を確保して反応を正確に局所的に進行させるものです.これにより歯面の細菌だけを選択的に除菌する反面,口腔粘膜組織や正常細菌叢を保護することが可能になります.歯周病用のドラッグ・リテーナーを示します(図2).アンダーカット部に対応し,かつ吸着性が得られる軟性タイプが基本です.カリエス用と歯周病用があり,薬剤の輸送部位の違いにより光重合型のレジンを用い ,それぞれ貯留スペースを設置します.私たちは,ドラッグ・リテーナーをモルテンメディカルのポリオレフィン系軟質マウスガードで作製しています.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       図2 ドラッグ・リテーナー

横浜市立大学医学部 早川浩生(はやかわ ひろき)氏が特別に作製してくださったもの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ドラッグ・リテーナーの装着(除菌処置)

除菌処置は,バイオフィルム除去を行った直後に実施します.先ず,ドラッグ・リテーナーに除菌ペーストを注入しておきます.アングルワイダ−などで,口唇を排除し,上顎歯列を孤立させます.この際,極端に乾燥させないことが大切です.咬合面にペーストを載せ,デンタルフロスで,隣接面,鼓形空隙にペーストを送り込みます.ドラッグリテーナーを装着し,余剰な薬剤を外科用サクションで吸引します.下顎も同様の手順でドラッグ・リテーナーを装着,除菌を行ないます.除菌時間終了後,口腔粘膜にペーストが接触しないように注意してドラッグリテーナーを外し,外科用サクションで歯列上のペーストを吸引します.その後十分含嗽させます

 

術後の細菌学的評価(3DSの終了・継続・再開をどうするか?)

唾液中のMS菌の値は,バイオフィルムの破壊後30日前後で,見かけ上,初期値を上回ってしまう現象が報告されています.ミュータンスレンサ球菌の細菌検査が,パラフィンブロックを噛んで,唾液中に剥離してきた菌体・グルカン複合体を寒天培地上に展開,培養し形成されたコロニーを測定しているため,初期測定時は実際より少ないMS菌数値を示しているためのようです.バイオフィルムの破壊後は歯面からマイクロコロニーが唾液中に移行し易いため唾液中のMS菌の値は,初期値より多い値を示す傾向にあると考えられます.しかし,こうした逆転状態もおおむね5060日で安定しますので,3DS後の除菌効果判定の細菌検査は,50日〜60日頃実施すると良いと考えられます.ここで値が低下しないときは,3DSをもう1単位実施します.

 

―3DSの非有効症例―について

 稀に3DSを数回実施しても一向にMS菌比率が下がらないケースに遭遇します不適合修復物,補綴物接合部内部または隣接部の未検出う窩が原因と考えられます.

 

DSによる除菌療法の将来

パラダイムシフトとは一時代の支配的なものの見方を急激に変えることです.かつては「正しい」とされていたことの判断基準が逆転して今では「間違いである」とされるのがパラダイムシフトです.このような例は,これまで数知れず存在しています.歯科医学においてもう蝕と歯周病に関して,これまで生活習慣病や単純な老化現象という捉え方が強く,診療室での科学的な予防技術はなく,ヘルスプロモーションのような心理的精神的領域の対策が主流になっていました.ところがう蝕と歯周病は特定の病原体による細菌感染症という新しい病因論が提出され,宿主,環境の生活バランスの他に,病原体を加えて病原体,宿主,環境の三者のバランスの崩壊によって起こるという新しい概念が生まれました.5回のシリーズで述べてきた3DSの話は,近年のパラダイムシフトに対応する歯科医師の新しい理論と技術です.多くの患者を定期管理し,3DSの手法で予防的治療を行うことが,これからの歯科医院の日常的な仕事になると思われます.

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