小児における咬合管理@

 大阪大学大学院歯学研究科小児歯科学教室教授

                 大嶋 隆

小児における咬合管理は咬合誘導(OcclusalGuidanceあるいはDenture Guidance)とも呼ばれ,小児に施される歯科医療のほとんどすべてが含まれることになる(表1).今回の「研究講座」では,乳歯列期の小児において,知っておかねばならない咬合管理の基本について概説する.

A.乳歯列期の咬合管理

1.乳歯列期の正常咬合

 乳歯の咬合関係は,上下顎第2乳臼歯の遠心面(ターミナルプレーン)の位置と上下顎乳犬歯の咬合関係によって判定される.ターミナルプレーンについては,垂直型(上下顎第2乳臼歯の遠心面が一致するもの)と近心段階型(下顎第2乳臼歯の遠心面が上顎のそれよりも近心にあるもの)が,それぞれ永久歯咬合でAngleの分類のT級になる可能性があることから正常と考えられている.また上下顎乳犬歯は,それぞれ対顎の霊長空隙(上顎乳側切歯と乳犬歯の問,下顎乳犬歯と第一乳臼歯の間に認められる空隙)に相対し,上顎乳犬歯の近心切縁の口蓋側部に下顎乳犬歯の遠心切縁の唇側部が接触すると正常と判定される.これに加えて,わずかのover biteとover jetを正常咬合の基準に加えることもあるが,乳歯列では歯列内に空隙のある有隙型(Spaced type)も正常と判定される. 

 

1.小児における咬合管理

 A.乳歯列期

   1.う蝕の予防と治療

   2.機能性交叉咬合の治療

   3.不良習癖の是正

   4.先天欠如および過剰歯の発見

  B.混合歯列期

   1.萌出時期および順序の把握と異所萌出の管理

   2.スペース分析

   3.保隙,スペース回復および歯列弓の拡大

 

  

2.乳歯列期の咬合異常

 乳歯列においては,@頭蓋,顎の発達が最も旺盛な時期であるため,乳歯が萌出する空間に比較的余裕がある.A口腔諸筋の発育も活発で,頭蓋の成長変化や顎の位置的変化に適応して発育する.B乳歯の歯軸と咬合力の方向は咬合平面に対してほぼ垂直な方向に向かっているため,歯の近心方向への移動や捻転傾斜が起こりにくい.などの理由で,不正咬合は少ない.乳歯列期に治療を要する不正咬合は,機能性交叉咬合と悪習癖による不正咬合である.

1)機能性の不正咬合

 上下顎の前後的あるいは頬舌的位置関係にごくわずかの異常があるとき,咬合時に乳歯列中のいずれかの歯において早期接触が起きる.この早期接触を有する個体では,そのままでは咬むという機能を営むことができないため,顎を変位させて咬合を行う習慣が成立する.前歯部交叉咬合と臼歯部交叉咬合の2タイプが認められる.

1)機能性臼歯部交叉咬合

 中心咬合位では乳犬歯あるいは乳臼歯の早期接触により咬合できず,そのため下顎を偏位させて咬合することに起因する.この状態は顎の発育により自然に治癒することはなく,放置しておくと骨格性の交叉咬合となる.

 a)診査法

・片側性の臼歯部交叉咬合である.

・咬合させたとき,下顎の正中線が交叉咬合側に偏位する.

・上下顎の正中線を一致させて咬合させたとき,乳犬歯あるいは乳臼歯の早期接触が認められる.

・安静位では正中線が一致している.

 b)治療法

・上下顎の正中線を一致させて,咬む訓練を行う.

・上下顎の正中線を一致させ,早期接触した部位を削合して正しい咬合位に導くような斜面を形成する.

・上下顎の正中線を一致させて斜面で咬合するように,1日数回,数分ずつ咬む訓練をする.

週間ごとに削合を行い,上顎歯を頬側に,下顎歯を舌側に移動させるようにする.

・上顎歯列の狭窄が大きい場合には,拡大装置を用いて,上顎の拡大を併せて行う.

2)機能性前歯部交叉咬合

中心咬合位では乳切歯の早期接触により咬合できず,そのため下顎を突出させて咬合するために起こる.この状態は乳切歯の脱落により自然に治癒することがある.

a)診査法

・咬合させたとき,上下顎の切歯が切端部で咬合し,歯面を滑って下顎骨が前方に転位する.

・セファロ分析しても上下顎骨に大きな異常は無い.

b)治療法

・上下顎の切歯を正中を一致させて,切端部で咬合させる訓練を行う.

・切端咬合させたとき早期接触する部位を削合して,正しい咬合位に導くような斜面を形成する.

・斜面で咬合するように,一日数回,数分ずつ咬む訓練をする.

2週間ごとに削合を行い,上顎歯を唇側に,下顎歯を舌側に移動させるようにする.

・上顎切歯の口蓋側傾斜が大きい場合には,上顎切歯の唇側傾斜を行う装置を併せて装着する.

3)機能性交又咬合における咬合調整

乳歯咬合期に早期接触による機能障害がある場合,前歯部あるいは臼歯部の交叉咬合を引き起こす.この場合,上下顎の正中線を一致させて咬合させた時に早期接触する歯の咬合調整を行う.例えば前歯部では上顎切歯の切縁から舌面にかけて,下顎では切縁から唇面にかけて水平に対して30−45度の角度に歯を削除し,その斜面に沿って上下切歯が滑走するように咬合調整を行い,正常被蓋に誘導する.また側方歯においても同様で,乳犬歯や乳臼歯部の早期接触する部位を削除し,正しい咬合関係に引きもどす必要がある.

2)骨格性前歯部交叉咬合

 下顎骨過成長あるいは上顎骨劣成長による前歯部交叉咬合(この場合,早期接触することなく犬歯にまで及ぶ交叉咬合となる)については,永久歯萌出前の5歳頃,矯正専門医に紹介する.

3)吸指癖による咬合異常

 指を口腔内に挿入するため,上顎前歯は唇側に傾斜移動し,下顎は後方に加圧され,開咬を生じる.また強度の吸指癖においては,吸引圧により上顎歯列弓は狭窄し,両側性の臼歯部交叉咬合を生じることがある.

 a)診査法

・診断は問診と指にできた「吸いだこ」により容易に下せる.

 b)治療法

・新生児は外界と接触する1つの手段として吸綴反応を有しており,生後1年間の吸指癖は正常と考えられる.この癖は加齢とともに減少し,平均3.8歳で消失する.4歳を過ぎても吸指癖を有する場合,その小児は精神的な飢餓に陥っており,その代償として吸指癖を有すると考えられている.

1)4歳まで

吸指癖をやめるのを待つ.

2)4歳を過ぎても吸指癖のある場合

吸指癖が噛み合わせに及ぼす影響を鏡を見せながら説明して理解させ,自分自身で吸指癖をやめるよう努力させる.5歳までにやめれば,開咬はひとりでに直る.

3)5歳を過ぎても吸指癖がなおらない場合

 本人が吸指癖をやめようと思っており,装置を吸指癖をやめたいという気持を思いださせるものと認識した子供に対して,吸指癖除去装置を装着する.

 これで吸指癖をやめれば,上顎の側方拡大のために床型のエクスパンジョンスクリュウを装著する.

3.乳歯う蝕と不正咬合

 乳歯う蝕は咬合機能に障害を与え,偏心咬合を誘発するだけでなく,近遠心的および垂直的なスペースロスを導く.このため乳歯う蝕に対する処置では,@咀嚼機能の回復,A近遠心的および垂直的なスペースロスを防ぐ歯冠形態の回復,B処置期間中のスペースロスの防止,を考慮しなければならない.

1)う蝕処置時の注意点

 う蝕処置により近遠心的あるいは垂直的な空隙が生じたときには,かならず暫間装置をいれる.また,要抜去乳歯に対しては,保隙装置を作製してから抜歯し,直ちに保隙装置を装着する.

2)乳切歯の早期喪失

 乳切歯の早期喪失は隣在歯の欠損側への傾斜を生じることがある.しかし,歯列弓長全体の減少を認めることは少なく,後継永久歯の萌出スペースに影響することは少ない.発音機能や咀嚼機能および審美性の回復のために床型義歯を装着することが望ましい.

3)乳犬歯の早期喪失

 乳犬歯の早期喪失は萌出する永久切歯の欠損側への傾斜をもたらし,正中の偏位を生じることがある.また,下顎乳犬歯の早期喪失は,乳臼歯の近心移動と永久切歯の舌側傾斜により,歯列弓長径の減少を招くことがある.乳犬歯の早期喪失に際しては,永久歯側犬歯群の萌出余地の維持のため保隙装置が必要になる.

4)乳臼歯の早期喪失

 乳臼歯の早期喪失は,第一大臼歯の萌出位置の異常,近心傾斜あるいは近心移動を招くことがある.このスペースの消失は,永久歯側方歯群の萌出余地を不足させ,歯列不正を生じさせる.乳臼歯が早期に喪失したときには,永久歯側方歯群の萌出余地の維持のため保隙装置が必要になる.

4.保隙装置

 乳歯の早期喪失に起因する歯問空隙の狭窄を予防するために,歯や顎に対して積極的な力を加えずに,現状を維持することを主目的とする装置をいう.デンチャータイプの可撒式とクラウンループやリンガルアーチなどの半固定式がある.

 a)第一乳臼歯の片側欠損に対する保隙装置

 上下顎ともに,第二乳臼歯を支台歯とするクラウンループを用いる.

 b)第一乳臼歯の両側欠損に対する保隙装置

1)上顎欠損のとき

 第二乳臼歯を支台歯とするホールディングアーチを用いる.

2)下顎欠損のとき

 床型の可撒式保隙装置を用い,永久切歯萌出後は第二乳臼歯を支台歯とするリンガルアーチに代える.

 c)第二乳臼歯の片側欠損に対する保隙装置

 乳歯列前期の第二乳臼歯の片側欠損に対しては,床型の可撒式保隙装置を装着し,第一大臼歯の萌出後は第一乳臼歯を支台歯とするクラウンループに代える.

乳歯列後期の下顎第二乳臼歯の片側欠損に対しては,第一大臼歯の萌出を誘導するデイスタルシューを装着する.第一大臼歯の萌出後は第一乳臼歯を支台歯とするクラウンループに代え,さらに第一大臼歯および永久切歯の萌出後は,第一大臼歯を支台歯とするリンガルアーチに代える.

 d)第二乳臼歯の両側欠損に対する保隙装置

 床型の可撒式保隙装置を装着する.下顎の場合,第一大臼歯および永久切歯の萌出後,第一大臼歯を支台歯とするリンガルアーチに,また上顎の場合には,第一大臼歯を支台歯とするホールディングアーチに代える.

 乳歯列期における咬合管理で最も大切なことは,乳歯をう蝕から守るとともに,安易に(早期に)乳歯を抜歯しないことである.健全な乳歯に優る補隙装置は無い.

Aに続く