乳酸菌LS1を用いた新しいマウスケアの可能性

古賀泰裕(東海大学医学部感染症学部門主任教授)

 

5月25日に大阪府歯科保険医協会で古賀泰裕教授に講演いただいた要旨を取りまとめた。以下、内容を掲載する。

 

日本プロバイオティクス学会では消化器疾患に対するプロバイオティクスの現状と将来の展望を見据え、医学、歯学、薬学および農学領域における多くの研究者との交流からプロバイオティクス学の推進に努めております。

今回の特別研究報告では、口腔内の病原細菌群に対して優れた抗菌効果を持つ乳酸菌についてご報告いたします。口腔内は消化管の入り口であり、腸管内と同じように多くの細菌がフローラを形成しています。歯周病、虫歯、口臭を引き起こす歯周病菌や虫歯菌は口腔内フローラの悪玉菌と言えるでしょう。本研究報告はプロバイオティクスの考え方を取り入れ、善玉菌である乳酸菌により、口の中の悪玉菌を除こうという、新しいマウスケアの可能性を探るものであります。

ヒトの口腔内には腸と同様に、無数の細菌が住みついている。その数は種類にして約300〜400種、数にすると60億を超えると言われている。これらの細菌は口腔内でコロニー(集団)となって、口腔内フローラ(口腔内細菌叢)を形成している。口腔内の細菌は、とくに唾液の循環が低下する睡眠中に増殖する。そのため起床時の口腔内細菌は1日のうちで最も多い。反対に食後は、唾液や飲食物によって細菌が流されるので、細菌数が一時的に減少する。口腔内フローラを形成する細菌の中には、無害で有益なもの(善玉菌)もいれば、病原性を持つもの(悪玉菌)もいる。

乳酸菌LS1歯科領域の二大疾患に挙げられる歯周病や虫歯は、これら口腔内の悪玉菌によって引き起こされる細菌感染症である。これらの細菌は唾液中はもちろん、口腔内細菌の塊ともいえるプラーク(歯垢)の中にも多く存在し、歯の表面や、歯と歯茎の隙間に付着している。

歯周病菌の中でも最も病原性が高いと言われるのがPorphyromonas gingivalis<以下P.gingivalis>である。P.gingivalisは血液平板の上では黒色の光沢のあるコロニーを形成し、強い悪臭を放つのが特徴だ。また、電子顕微鏡(右図)で観察すると、菌の表層に線毛があるのがわかる。この線毛を使って歯周組織や歯肉溝内に付着する。

P.gingivalisの増殖のスピードは遅いが、弱アルカリ性の環境でも十分に定住可能である。主な虫歯の原因菌は、Streptococcus mutans<以下S. mutans>で、電子顕微鏡で見ると連鎖状につながっているのがわかる。S. mutansはショ糖(砂糖)を利用し不溶性グルカンという粘性の物質を作りだし、さらに多量の酸を産生する。さらに S. mutansは作りだした酸に対する耐性があり、酸性環境での増殖が可能である。歯周病は、歯と歯茎の間に入り込んだ歯周病菌によって、歯肉に炎症が生じた結果引き起こされる。炎症が長く続くと歯を支えている組織が荒廃し、やがては歯が抜けてしまうという疾患である。また虫歯は、虫歯菌が不溶性グルカンを使って歯の表面に粘着し、ここで酸を産生し、この酸が歯の表面のエナメル質を溶解することで起こる。
 このほか口臭も、口腔内細菌に起因するところが大きい。先述した歯周病菌は、口臭の代表的な原因菌でもあり、メチルメルカプタン、インドール、スカトールといった臭気物質を産生し、これが強い口臭となるのである。歯周病や虫歯および口臭が、口腔内に存在する特定の細菌に起因するのであれば、予防や進行抑制のために、どんなアプローチが考えられるだろうか。体には本来、病原性細菌に対する抵抗力(生体防御力)が備わっている。つまりこの生体防御力が、病原性細菌の活動を上回っていればよいのである。そのためには、一方で生体防御力をより高めながら、もう一方でプラークを物理的に取り除いて原因菌を除去したり、原因菌の活動を抑えることが重要である。今回はこの方法としてプロバイオティクスを提唱したい。最近、プロバイオティクスという言葉が一般でも聞かれるようになった。本題に入る前に、このプロバイオティクスについて触れておきたい。プロバイオティクスとは「消化管内の細菌叢を改善し、宿主に有益な作用をもたらしうる有用な微生物と、それらの増殖促進物質」のこと。つまりプロバイオティクス機能を持つ微生物を摂取すると、それが消化管内(口腔内や腸内)のフローラ(細菌叢)に作用し、フローラの健常化をはかりながら、疾病の予防、改善などを行う、というものである。プロバイオティクスが注目を集めている背景には、抗生物質(アンチバイオティクス)の問題がある。抗生物質は病原菌に対して即効性があるが、一方で副作用や耐性菌が問題視されているからだ。抗生物質は殺虫剤のようなもので、害虫のみならず、作物や土壌にも悪影響をもたらす。これに対しプロバイオティクスは益虫に例えられ、作用は穏やかだが、環境(体)への害はほとんどない。

乳酸菌LS1による歯周病菌の除菌また、感染症の予防に用いられるワクチンは、体内に吸収されて体の内部で働く為、副作用が起きた場合、体に与えるダメージが大きい。これに対して、プロバイオティクスは消化管腔内、つまり表面が活躍の場である為、安全性が高い。プロバイオティクス研究において、現在までにその効果が確認されているものを下記に示した。この中でも今回我々は、口腔内細菌による感染症、つまり歯周病や虫歯、口臭の原因菌に対するプロバイオティクスの可能性を検証した。その結果について次章以降で順次述べて行く。我々は口腔内疾患に対して効果のある乳酸菌として、乳酸菌LS1(Lactobacillus salivarius TI2711<ラクトバシルス・サリバリウスTI2711>)に注目した。
 lactoは「乳酸」、bacillusは「桿菌(棒状の形をした細菌という意味)」、salivariusは「唾液」の意味で、この名の通り、乳酸菌LS1は健常人の唾液中に存在していた乳酸桿菌の一種で、口中での活性が高いという性質を持っている。まず最初に、乳酸菌LS1には歯周病菌に対する殺菌効果があることを確認した。歯周病の原因菌であるP.gingivalisPrevotella intermedia<以下P. intermedia>、Prevotella nigrescens<以下P.nigrescens>の3菌に、乳酸菌LS1を加えて培養したところ、乳酸菌LS1を添加しないコントロール群では各歯周病菌が増加したのに対し、乳酸菌LS1添加群では、24時間で3菌ともほぼ死滅した。乳酸菌LS1の歯周病菌に対する除菌効果を電子顕微鏡で観察したところ、乳酸菌LS1が歯周病菌よりも早いスピードで増殖し、歯周病菌を殺菌しているのが確認できた。次に虫歯の原因菌であるS.mutansに乳酸菌LS1を加え、濃度を変えたショ糖培養液で培養したところ、LS1を添加しないコントロール群と比較して、S.mutans菌数の抑制効果は認められなかったものの、乳酸菌LS1添加群ではS.mutansが作る虫歯発症物質である不溶性グルカンの産生が顕著に抑制されていることが確認された。虫歯菌に対する効果を顕微鏡で観察すると、実際に乳酸菌LS1が虫歯菌の周囲を取り囲み、虫歯菌を死滅させないが、虫歯菌の増殖を抑え込んでいることが確認できた。乳酸菌は、糖類を栄養分にして乳酸を作る。当然、乳酸菌LS1も口中で乳酸を産生するわけだが、乳酸菌LS1の場合は、ある程度乳酸を作ると、今度はその乳酸で自らが死滅する。

乳酸菌LS1のP.gingivalis除菌効果右のLactobacillus gasseriL.gasseri)は腸内から分離された乳酸菌だが、この菌が乳酸に強い耐性を示したのに対し、乳酸菌LS1は乳酸濃度50mM以上で急激に減少した。乳酸に耐性があると際限なく乳酸を産生して、口中を虫歯になりやすい酸性状態にしてしまう(S.mutansはこのような性質を持つ)。そのため乳酸菌LS1のこの性質は、虫歯予防を考える上で非常に重要である。歯周病菌、虫歯菌に対する乳酸菌LS1が、ヒトに対しても有効であるかを確認するために、ヒトボランティア57名の協力を得て、8週間の臨床試験を実施した。
 乳酸菌LS1を含む錠菓を、1回5粒、1日5回服用してもらい(1日で乳酸菌LS1を1億個摂取)、服用前、服用4週間後、服用8週間後(試験終了時)に各種検査を行った。その結果、口腔内の総菌数は服用前が唾液総量あたり108.6
±0.4、服用4週間後が108.6±0.5で、とくに変化は認められなかった。ところが、歯周病菌数(P.gingivalisP.intermediaP.nigrescens3種をまとめて測定)は、服用前が106.6±1.3であったのに対し、服用4週間後には、105.3±1.6と約1/20に減少していた。またヒトボランティア57名のうち、実験開始時にハリメータ(口臭測定装置)による口臭測定で「口臭あり」と判定された20名のうち、約2/3で服用8週間後に口臭の消失が確認された。
 また服用8週間後に依然として「口臭あり」とされた人についても、明らかな口臭の減少が認められた。先の結果から推察すると、これは乳酸菌LS1によって、口臭の原因菌でもある歯周病菌が減少したためと考えられる。次に虫歯菌(S.mutans)の菌数については、服用前が104.3
±1.6、服用4週間後で104.4±1.5で、試験管内実験と同様、口腔内の虫歯菌数に変化はなかった。ところが虫歯菌が分泌する不溶性グルカンに関しては、服用前が9.9±6.0mg、服用4週間後が7.6±5.8mg、服用8週間後が4.2±2.2mgで、乳酸菌LS1が虫歯菌による不溶性グルカンの産生を抑制することがヒトでも確認された。不溶性グルカンが作られなければ、虫歯菌が歯の表面に長時間付着することもなくなる。従って虫歯菌そのものが減少しなくても、虫歯の発症を抑えると予想される。乳酸菌の作る乳酸によって口中が酸性に傾くと、虫歯ができやすくなるという反論が出るかもしれない。これに対して、試験管内実験では、乳酸菌LS1は乳酸に耐性を持たないことを確認したが、本臨床試験ではヒト口腔内の乳酸菌数を測定することで、乳酸菌の口腔内での生存能を調べた。
 その結果、毎日1億個もの乳酸菌LS1を服用したにもかかわらず、服用前が104.5
±1.7、服用4週間後が4.5±1.5で、とくに変化は見られなかった。これは乳酸菌LS1が乳酸に対して耐性を持たず、口腔内である程度機能すると、自分が産生した乳酸により死滅してしまうためと推察できる。また唾液のpH値を測定したところ、服用前「やや酸性」だった人は、服用4週間後以降は「中性」に移行し、またアルカリ性に傾いていた人も中性に戻った。これらの現象は歯周病ならびに虫歯予防の観点からは好ましい変化と考えられた。これは乳酸菌LS1が口腔内フローラに加わったことで、口腔内細菌叢が正常化したためと考えられる。これらの結果から乳酸菌LS1の摂取により口中が酸性化し、かえって虫歯ができやすくなるのではないかという懸念は否定することができた。これまでの臨床試験結果を下の@〜Dにまとめた。@乳酸菌LS1(Lactobacillus salivarius TI2711)1億個を錠菓に加え、のべ57名のボランティアに1日5回に分けて口腔内に服用させたA服用4週間後には唾液のpH値は酸性域より中性域へ戻り乳酸菌LS1による口腔内フローラの健常化を反映するものと考えられたB唾液中の歯周病菌の数が服用4週間後には平均して1/20に減少した。総菌数、ミュータンス連鎖球菌数、乳酸桿菌数には有意の変化はなかったCハリメータによる口臭測定で口臭ありと判定された20名の2/3が、服用8週間後には口臭が消失した。この効果は歯周病菌の減少によると考えられるDミュータンス連鎖球菌により作られ、虫歯の原因となる不溶性グルカンは、服用4週間後の唾液を用いた測定で有意に低下した。

総合すると乳酸菌LS1の服用によって、口腔内フローラは改善された。そして歯周病菌や虫歯菌の活動が抑えられることで、口臭、歯周病、虫歯の予防に働くと考えられる。冒頭で述べたように、歯周病と虫歯は歯科領域の二大疾患であり、口臭もまた社会的に関心の高い課題である。
 とくに歯周病については、30歳代後半以降、約8割の人が罹患しているという結果も出ており、効果的な治療法が確立されないまま、患者数は年々、増加していると言われている。歯周病や虫歯、口臭予防を目的として、口腔内のプラークに対して行うアプローチを「プラークコントロール」という。口腔内細菌の塊であるプラークそのものを取り除けば、プラーク中の歯周病菌や虫歯菌も同時に除去されることになるため、結果として歯周病や虫歯が予防できるというものである。
一般にセルフケアでは、比較的浅い部分(歯肉縁上)、右図の示すゾーン1のプラークしか除去できないと考えられている。これまでは、このプラークに対して、歯ブラシや歯間ブラシなどによる、プラークの物理的除去が推奨されてきた。
 一方、これまでに述べてきた乳酸菌LS1の効果は、この従来型のプラークコントロールに加え、プロバイオティクスを利用した新しいプラークコントロールの可能性を示すものである。そして口腔内で活性化して効果を発揮する乳酸菌LS1は、口腔内プロバイオティクスとしても非常に優れていると言えるだろう。ブラッシングによるプラークの物理的除去の重要性は言うまでもないが、乳酸菌LS1によるプラークコントロールを併用することにより、歯周病、虫歯、口臭などに対するトータルマウスケアがより効果的に行うことができるものと期待している。

 

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